第三百一話『磨き上げて来たもの』
「氷よ、我が意に従え!」
ミズネの頭上に装填された氷の槍がカッスルタイガーへと降り注いだのと同時、効きを察知したのかつがいは跳ね起きるようにしてこちらを睨んでくる。この危機察知能力の高さもまたカッスルタイガーが難関と言われている理由であって、不意打ちが使えない真っ向勝負を強いられてしまうのだ。
「アリシア、追撃を頼む!」
「ああ。……紫電よ、ボクのもとへと下れ!」
しかし、それを分かっていればこっちも対応ができるというものだ。ミズネの号令に合わせてアリシアがバチバチと雷を周囲に走らせ、腰につけていた短剣をゆっくりと引き抜く。普段ならかなり隙が生まれてしまう行動だが、ミズネの攻撃から逃れようと動き回るカッスルタイガーにはそんな余裕はなかった。
『大体のことは人並み以上にこなせる』という自己評価にたがわず、アリシアの魔術の才能は俺よりも高い。それでいて身体能力も高いもんだから、『なんでここまでの人が冒険者になる気もなしでいたんですか⁉』と測定員の人を驚かせていた。
そこからミズネの手ほどきを受けたこともあって、今ではネリンと並ぶくらいの実力者へと成長している。『二対一ならば手加減する余裕はないだろうな』と、そう言わしめるほどに二人の連携は完成されたものだ。……まあ、それでも勝てないとは言わないミズネもそれはそれで空恐ろしいんだけどな。
「……いいね、久しぶりのこの感覚」
魔力をまとったアリシアは目を細めると、目の前で逃げ惑うカッスルタイガーを睨みつける。そして地面を一蹴りすると、アリシアの姿が一瞬にして消えうせた。
「ヒロト、援護を頼む!」
「了、解っ!」
ミズネの指示に従って、俺は地面を強く踏みしめる。それに従うようにして、カッスルタイガーの背後に大きめの岩が出現した。
ミズネ曰く俺が一番適正あるのは岩属性の魔法らしく、俺の本業はそれを活かした搦め手だ。三人がそれぞれの強さを持っているのもあって、状況を見て柔軟に場作りする能力を身に着けることに俺の一ヶ月は費やされていた。
今回作り上げたのは、アリシアがより機敏に動けるようにするための足場作りだ。アリシアのスピードは目を見張るものがあるが、それが仇となって小さな範囲をくるくると動くことが出来ないという欠点もある。だが、俺の作り出した足場を使えば――
「せー、のっ‼」
カッスルタイガーを通り過ぎたアリシアが俺の足場でターンを決め、背後から雷をまとった短剣をカッスルタイガーの片割れに突き刺す。その瞬間、紫色の閃光がそこを中心に走った。
「そこだッ‼」
それにひるんだのを見逃さず、ミズネが無数の氷槍をつがいに向かって放つ。ともすればアリシアをも巻き込んでしまいかねない規模の攻撃だが、すでにアリシアは雷光とともに俺たちのもとへと帰ってきていた。
「ガ、オオオッ⁉」
「まだ、終わらないわよ――‼」
氷と雷の合わせ技でひるんだ隙を見逃さず、ネリンが炎を剣にまとわせる。大きく跳躍してから振り下ろしが、弱っていた片割れの方に直撃した。
「……っし、決まった!」
攻撃の反動でこちらに戻って来るネリンを足場でサポートしつつ、カッスルタイガーの様子を観察する。片割れは大きなダメージを受けているか、それに庇われたのかもう片方は軽傷で済んでいた。
「ここまでやって片割れを瀕死にするのがやっとか……やっぱり生命力が強いな」
「体格が大きい分仕方ない部分もあるだろうけどな……それでも、私たちの攻撃が通用していないわけではないさ」
「そうだね。……ボクも、まだまだ絶好調さ」
ゆっくりと起き上がるカッスルタイガーに警戒しつつ、俺たちは次のプランを立てる。もちろん一筋縄でいく相手ではないが、それでもやらなくちゃいけないのが俺たちの役目だ。
「……とりあえず、瀕死の方から仕留めに行く――‼」
地面を踏みしめ、渾身の力を込めて岩壁を作り上げる。つがいを引き離すように作り上げたそれは、確実に相手の頭数を一体減らすためのものだ。
「いい判断だ、このまま詰める!」
その壁に向かってもう片方のカッスルタイガーは爪を立てるが、俺もかなりの力を使って作り上げている以上その強度はある程度保証済みだ。
「……氷よ、命を穿て」
余裕をもって形作られた氷の槍は、確実に相手の命脈を断つためのものだ。陽動という役割を完全に無視したそれは、生半可な防御を軽々と貫くだろう。
「い……っけえ!」
腕を振り下ろすと同時、氷の槍が手負いの獣に向かっていく。足を負傷したカッスルタイガーにはそれをよける手段もなく、ただ終わりを待つだけだ。それを確信しているからこそ、俺たちはもう片割れへの戦いに気持ちを切り替えて――
「ガ……ルルルウッ‼」
「……え?」
ひときわ大きな咆哮が響き、俺の作り上げた壁が大きな爪によって引き裂かれる。無残に砕け散る岩壁に目もくれず、カッスルタイガーはくるりと身をひるがえすと――
「ル……アアアアアアッ‼」
その勢いのまま体を大きく回転させて放たれた渾身の一撃が、つがいの死を確定させる氷の槍を粉砕した。
久しぶりの戦闘も一筋縄ではいきません。果たして四人は無事に仕事を終えることが出来るのか、四人の連携は綺麗にかみ合うのか、楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!