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第二十九話『お困りエルフの探し物』

――唐突に聞こえてきた怒鳴り声に、俺たちは顔を見合わせるしかなかった。


「……いや、これどうするよ」


「どうするもこうするも……ねえ?」


 俺たちが何かしたわけじゃなし、前に来ていた客が店主といざこざを引き起こしたと思うのが自然な話だ。ならば俺たちはいったん退散するしかないと、そう思っていたのだが――


「……どこ行こうとしてんのヒロト、行くわよ?」


 ……顔を見合わせる俺の友人は、どうも全く逆の方針であるらしかった。


「行く、って……今のこの状況でか?」


「そうよ。どんな状況であれ、客を出迎えるのが店主の役目でしょ?それに、『新しい客が来たから』って先客を追い出す言い訳にもなってあげられるし」


 とてももっともらしい理論に、俺はうなることしかできない。ラノベとかによくある、『ナンパに困ってる人に対して一時的に恋人を演じる』みたいなもんなんだろうか……?


 いや、少なくとも俺はそんなシーン遭遇したこともないけど。


「分かったら行くわよ。時間は有限なんだから」


 言いながらずんずんと進んでいくネリンの足取りを追って、俺も店の中に足を踏み入れる。丁寧に作られた廊下を抜けると、突き当りに鍛冶で使うのであろう道具たちが見えてきて――


「……頼む!この通りだ‼」


 ……先客のものであろう、凛とした女性の声が聞こえてきた。低く落ち着いた印象を受ける声色だったが、どうしてかその声はひどく焦っているようだ。


「いくら頼んでもダメなものはダメと言っておろうが!儂はどこの誰ともわからんものに剣は作らん‼」


「エルフの里の戦士、ミズネだ‼」


「そういうことを言っておるんではないわッ‼」


 俺たちが歩を進める間にも、先客――ミズネさんというらしい――と店主は言い争いを続けている……というか、少し論点がずれている気がする。


 そんなことを考えながら、俺たちは廊下の突き当りにたどり着く。底に取り付けられていた横開きの戸を開けると、いかにも職人といった印象を受けるおじいさんと目が合った。そのおじいさんと向かい合っている金色の髪の女性が、今おじいさんに仕事を頼んでいるミズネさんだろう。


「……次の客も来た。いい加減出ていかなければ、儂も穏やかではいられないぞ?」


 俺たちを見やって、おじいさんはミズネさんに忠告する。……俺からしたらさっきまでも十分穏やかではなかったが、どうも今までは穏やかだったらしい。ではそうでなくなったらどうなるのかと、俺は内心震え上がっていたが――


「……それでも、引き下がるわけにはいかない!腕利きの鍛冶師である、あなたの力が必要なのだ‼」


 なおも、ミズネさんは手を合わせて頭を下げ続けていた。声に揺れはなく、あくまで堂々と、ミズネさんはおじいさんに頼み込んでいる。……すごい胆力だと、俺は感心するばかりだったが、おじいさんの方はどうもそうではないらしい。


「……どうも、痛い目を見ないとわからぬようじゃな」


 すっくと立ちあがると、おじいさんはそばに立てかけていた剣を手に取った。俺たちが試験で使ったものよりも二回りほどは大きく、大太刀と表現するのが正しいだろう。そんなのを構えられたら、さすがのミズネさんでも引き下がるしか――


「……あなたがそうするというなら、仕方ない。私の実力、身をもって実感してもらおうか」


「……って、スト―――――――ップ‼」


 そんな俺の予想に反してミズネさんも得物を引き抜いて立ち上がったので、俺はとっさに二人の間に割って入る。お互いに覚悟が決まってるのはいいことだが、その戦いに巻き込まれちゃひとたまりもない!


「……ほう、なかなかに肝の据わった小僧ではないか」


「すまないが、私はこの方に認めてならなければならない。……君の事情もあるだろうが、そこをどいてくれ」


 俺の咄嗟の行動におじいさんは興味深げな声を、ミズネさんは凛とした鋭い声を俺に投げかけてくる。……ミズネさんはすでに覚悟ができている人だ、いざとなったら俺をどけてでもおじいさんに実力を示そうとしても何らおかしくない。勢いで飛び込んだはいいが、いったいここからどうしたものか――


「……あの、あたしたちはクレンから紹介状を書いてもらったものです。……この方の話、聞いてあげてはくれませんか?」


 俺が必死に考えていると、唐突にネリンが紹介状を差し出しておじいさんに語り掛けた。それをおじいさんはしばらく見つめていたが、やがて腰を下ろし、剣をもともとあった位置に戻す。……どうやら、ネリンの交渉は成功したようだった。


「そこの……ミズネとか言ったか。こやつらに免じて、特別に話を聞いてやる。儂に剣を頼むということは、特別な事情があるのだろうな?」


「……感謝する!……そうだ。私があなたに剣を頼みたいのは――『迷いの森』を、攻略せなければならないからなのだ」


 おじいさんの許可を得たミズネさんは頭を下げながら、そう事情を説明する。『迷いの森』……俺にはピンとこない言葉だったので、『サモン』と小声で唱えて俺は図鑑を取り出す。……だが、そんな俺とは違って二人には心当たりがあるようだった。


「迷いの森……か。それを早く言えば儂ももう少し考えてやったものを」


「あんな危険な場所に……⁉ それも、一人で……」


 二人ともが驚いたように言葉を上げている。俺も必死にページをめくっていると、それに対応するページはほどなくして見つかった。


「そうだ。……私の妹が、世にも珍しい熱病にかかってな。迷いの森にしか自生しない薬草を使わなければ完治しないという。私も仲間を募ったのだが、危険な場所というのもあって集まらず……」


 そこまで言って、ミズネさんは悔し気に目を伏せる。……図鑑によれば、迷いの森は『毎日形を変える森』だそうだ。その特性も相まって独特の魔力が満ちており、故にそこにしか自生しない植物や生物も多いのだとか。


「かつて迷いの森のすべてを解き明かした学者がいたらしいが、その地図はすでに失伝していてな……せめて武器だけも整えようと思い、あなたのもとを訪ねた次第だ」


 なるほどな……かつては攻略されたが、そのための地図が失われたと。すごい人もいた者だなあと思うが、確かに肝心の地図がないんでは手詰まりというか……


「……って、ん?」


 なんて考えながらパラパラと迷いの森に関するページをめくっていた俺の手が、とあるページで止まる。……そしてそれから、目を離すことができない。あれ、これって、もしかして――


「……仕方ない。今回は特例で――」


「……あの、ミズネさん。……迷いの森へ、俺がついていってもいいですかね?」


 腰を上げようとしたおじいさんに割り込むようにして、俺はミズネさんに声をかける。その発言に、ここにいる全員が驚きの視線を向けた。


 そりゃそうだろう、今の俺の装備は駆け出しそのもの。そんなのじゃ迷いの森で生存できないというのは、俺以外の皆が一瞬で理解したことだろう。だが、もしその問題さえ解決できれば……俺は、俺にしかできない役目を果たせるかもしれないんだ。


「……気持ちはありがたいが、迷いの森は危険な場所だ。ここで出会ったばかりの君が、わざわざそんなことをする必要は……」


「……あいや、実はですね」


 俺を心配してミズネさんがそう言ってくれるが、俺はふるふると首を振った。……そして、抱えていた図鑑を堂々と三人の前に差し出す。



「……俺、迷いの森を案内できると思うので」



――異世界図鑑の見せ場は、俺が予想してたよりもはるかに早くやってきてくれたようだった。

ということで、最近空気気味だった図鑑についにスポットライトが当てられました!ヒロトたちがこれからどうなるのか、次回の更新を楽しみにお待ちいただけると幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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