第二百九十三話『今なお横一線』
「……とりあえず方向性はまとまった、かな?」
「ですね……予算がどうなるか決まっただけでずいぶん楽になったかと」
オウェルさんの語り掛けの効果は絶大で、少しずつではあるが話し合いは前進していった。それでもなお主役を望む人たちは多かったが、そこも話し合いで解決できる領域に近づきつつある。今までで一番頭を使うことになった予算会議を終えて、俺たちは大きく息を吐いた。
「それにしても、圧巻の演説であったな。人の心を揺さぶるに足る何かが、お前の生き方にはあるらしい」
ワシもそれにほだされてしまったからな、とジーランさんは満足げだ。オウェルさん一人に任せるのは度胸のいる決断だったが、それだけの価値は確かにあった。
「と言っても、他のチームはとっくに制作に取り組んでる。俺が中々妥協できなくて時間を無駄にした分、どこかできっちり追い込みをかけていかないとな」
「それでよい。妥協なぞ最終手段なのだからな」
気を引き締め直すオウェルさんに、ジーランさんは力強く頷いてみせる。理想をぎりぎりまで追いかけるその姿は、ジーランさんによほど好意的に映ったようだ。
「妥協とは折り目のようなものだ。一度折り目が付いた紙が曲がりやすくなってしまうように、一度妥協してしまったものは妥協という選択肢を挙げやすくなってしまう。……妥協した選択など、最後の最後まで嫌がりながらするのがちょうどいいのだよ」
水筒に口を付けながら、ジーランさんはどこか懐かしそうにそう語る。その思考の根源がどこにあるのかは気にならないでもないが、それを掘り返すのはなぜだか野暮な気もした。
「当然、ここからは妥協なしだ。俺のスタンスが少し変わることがあっても、展示物の出来には一切妥協しないさ。できる範囲で、俺たちの最高を目指し続ける」
オウェルさんの誓いの言葉に、俺たちは無言で賛同の意を示す。俺は少々事情が違うとはいえ、そのオウェルさんの覚悟があるからこそ今のチームメンバーはオウェルさんのもとに集っているのだから。
「リーダーがブレることが集団にとっては一番良くないことですからね。その点で言えばどのチームも引けを取ってはいませんけど」
意志の強さがあればこそ、投票はあれだけの接戦になったわけだしな。ブレずに進むのが前提にあるこの戦いの中で、自分のスタンスを再確認できたのは大きい要素だ。
「他のチームもコンセプトと予算の配分が決まってきたという話は聞くからな……それぞれのチームに違った壁はあれど、今の俺たちは横一線で制作の段階へと進んでいるとみていいだろう」
「実力伯仲って感じですね……差がつくとしたらここからになるでしょうし」
オウェルさんの分析通り、波乱がありながらもここまでは横一線と呼ぶのが相応しい状態だ。ネリンの方もどうやら首尾よく行ったようだし、トップが一本化されているミズネやアリシアも自分の想像したものを着々と現実にしようとしている。それぞれにまだまだ課題はあれど、どのチームもそれを乗り越えるだけの力はあった。
「……アイツらが、一つの問題の前に挫折したまま終わるだなんて考えられないしな……」
全力で向かってくる仲間たちが手ごわいのは、プレゼン大会ですでに実証済みだ。どんな問題が起きてもアイツらはどうにか突破口を見つけて見せると信じているし、だからこそ気は抜かない。俺たちがいくら順調でも、アイツらはその上を言っているのかもしれないのだから。
「……いいパーティなんだな。お前の表情を見ているだけで、それがよくわかるよ」
俺がそんなことを考えていると、いつの間にやらオウェルさんにその表情をのぞき込まれていた。どんな表情をしていたかは俺にも分からないが、二人にはその顔が好意的に映ったようだった。
「それだけ信頼できる仲間といられるのは幸運なことだな。……あの時の、三人か?」
「そうです。個性的で、色々癖が強いけど……まあ、それは俺もお互い様なんで」
四人が四人別ベクトルの個性があると言ってもいいくらいに、俺たちのパーティはキャラが強い。だからこそ俺たちの評判が広がるのも早かったんだろうし、この役回りが託されたのだろう――なんて、そこまで言うと自意識過剰かもしれないけどな。
「今回の懇親会がチーム戦なのはもちろんですけど、同時に俺たちの戦いでもあるんですよ。……誰よりも信頼してる仲間だからこそ、負けたくないんです」
パーティ内の仲はもちろん良好だが、だからと言ってなあなあでやっているわけじゃない。負けたら多分滅茶苦茶悔しいし、それは皆が感じている事だろう。皆が皆本気なのは、この五日間の屋敷の雰囲気からも疑いようがなかった。
「……なんて、ほんとに個人的な事情なんですけどね。すみません、いきなり話し始めてしまって」
俺の事情よりも、今話すべきはもっと大きなことだ。俺はぺこりと頭を下げて、話題をもとの方向へと転換しようとして――
「……いや、それだ」
「……はい?」
何か思いついたかのように、オウェルさんがぶつぶつと声を上げる。それをもっと詳しく聞こうとして、体を少しオウェルさんの方に寄せると――
「……ヒロト、お前たちのその在り方、参考にさせてもらおうじゃないか!」
そうしてしまったことを後悔するくらいの大きな声を上げて、オウェルさんは歓喜して見せた。
果たしてオウェルのひらめきとは何なのか、次回を楽しみにしていただければと思います!懇親会もどんどん開催へと近づいていきますので、その盛り上がりにご期待いただければ嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




