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第二十八話『転機はいつも突然に』

――武器鍛冶連合の施設を出るなり、俺はネリンに声をかけた。


「……クレンさん、めちゃくちゃいい人じゃねえか」


「……素直に認めたくないけど、アイツはそういうやつよ。……ただ、仲良くするには少しコツがいるとは思うけどね」


 だってあんなのよ?とネリンは肩を竦めながら俺への返答を締めくくる。俺としては否定したい気持ちはあれど、クレンさんの一面を考えると即座にそうできないのが悲しいところだった。


「……ま、それでもすごい人には変わりないわけだし。せっかくいい武器鍛冶につないでくれたんだ、ありがたくいただくとしようぜ」


「……そうね。アイツの考え方はともかく、もらえるものはたっぷりもらっときましょ」


 フォローを半ばあきらめた俺の言葉にネリンも同意して、俺たちはクレンさんが紹介状を書いてくれた鍛冶屋へと歩を進める。今度こそ図鑑の出番かと思われたが、ご丁寧に紹介状にはここから店までの詳細な地図が添え書きされていた。どこまでも気が回るのには頭が上がらない思いだが、それはそれとして少し残念なような……


 そんな複雑な思いとともに一度取り出した図鑑をもう一度しまおうとすると、ネリンが唐突にこちらをのぞき込んできた。


「……そういえば、ずっと聞きたかったんだけど。……ヒロトのそれ、結局どういうものなの?」


「これ、って……図鑑のことか?」


「そうそう、ズカン。キヘイドリの一件の時には助かったけど、あたしはいまだにそれが何なのかよくわかってないのよね」


 ゆっくりと歩を進めながら、ネリンは興味深げに俺が抱えている図鑑を見つめてくる。それは何か珍しいものを見るような、そういう目だ。俺も日本にいる時によく向けられてたからなんとなくわかる。学校にも図鑑持ち込んで休み時間に読むような奴は、一般的に考えて奇人の類に入るもんな……


 って、そんな俺の事情なんか今はどうでもよくて。


「……やっぱり、図鑑ってこの世界に浸透してないんだな……」


「少なくとも、あたしはそんな言葉聞いたことないわ。……多分、パパとママも知らないと思う」


 俺のつぶやきに首をひねりながら、ネリンはそう答える。……そっか、この世界には図鑑って文化はないのか……図鑑を以てこの世界にこれたとはいえ、この世界特有の図鑑を読めないのは少し寂しい話だな。


「……簡単に言うとだな、この世界の知識がこの本にまとめられてるんだ。魔物の情報とか、この近くの地形の情報とか……そうだな、お前んちの宿のことも載ってる」


「パパとママの宿のことまで⁉ ……すごいのね、それ」


「まあな。世界に一つしかない特別製だし、普通のよりははるかに細かいぞ。……もちろん、どんな人が経営してるかとかは書かれてないけどな?」


 そこまで詳細なことは書いてないから安心してくれ、と俺は付け加えた。あくまで図鑑は一般的な情報が載っているだけだからな。ありとあらゆることが分かる魔法の書では決してないのだ。そういう意味では、神様が俺に与えたかった『チート』とこれは少し違うのかもしれない。


「それでも十分すごいわよ……。ということは、その図鑑に鍛冶屋のこととかも載ってるわけ?」


「もちろん」


 俺は大きく頷くと、すっかり開きなれた『カガネの町』という見出しを開く。底からパラパラとページをめくり、『主要な鍛冶屋』と書かれたページを開いてネリンに差し出す。


「……ほらな?」


「……すごい、どんな武器をどう扱ってるかまで丁寧に書かれてるじゃない……これ、この町のガイドブックも顔負けよ?」


 ネリンは感心したように息を吐きながら、差し出された二ページを丁寧に読み込んでいる。目がせわしなく動いているあたり、どうもネリンは一発目からすべての情報を飲み込もうとするタイプのようだった。


 図鑑の読み方って人が出るからな……ちなみに俺は一回目はザーッと呼んで、気になったところから順々に熟読していくタイプの人間だ。どっちの方がいいという訳でもないが、ただ俺の個人的な好みとしてそっちの方が性に合っていたのだ。


 そういや人にこうやって図鑑を見せるのも久しぶりだな……と思いながら俺が感慨にふけっていると、読み終わったのかネリンがパッと顔を上げた。


「……すこし不足点もあるけど、このスペースに書ききるにはとんでもないくらいの情報量と正確さね……アンタの知ってる図鑑ってのは全部こんなんなわけ?」


「ま、図鑑によってブレはあるけど……俺らぐらいの年代に向けて作られてるのは大体それくらいだな。むしろ情報に不足点があったのにびっくりするくらいだ」


 神の作り上げた図鑑を疑ったことがないからというのもあるが、それでも不足点があるのには驚きだ。それについて俺が問いかけようとすると、また唐突にネリンが足を止めた。


「ま、それについては仕方ない話だけどね……。アンタの言うところの『そこまで詳細なところ』に入る部分だろうし。……あたしたちには関係のない話だろうから、あたしも伝えなかったしね」


 そう言うと、ネリンは看板を指さす。そこに書かれていた文字は、先ほどクレンさんが紹介状を書いてくれた店の名前と同じだ。灰色などの落ち着いたカラーリングで構成された外観は、思わず背筋を伸ばしてしまうような威圧感があった。


 日本にいたころのものに例えるなら、そうだな……『いかにも一見さんお断りみたいなラーメン屋さん』といった感じか。俺たちは一応入る権利を得ているわけだが、それにしたってどことなく気後れしてしまう。


「……なあ、その不足点って何なんだ……?お前が関係ないっていうなら、きっと関係はないんだろうけどさ」


 その威圧感に少しおじけづき、俺はずんずん入っていこうとするネリンを呼び止める。ネリンはそんな弱腰な俺にため息を少しついた後、


「あたしたちには関係ない話って言ったでしょ?……ただ、紹介状も実績も何もなく来る客に対してすさまじく厳しいだけで――」


――と、ネリンがそう言ったその瞬間だった。


「素性も知れん奴に、剣は作れぬといっておろうがーーーーッ!!!!!」


――いかにも職人といった感じのしわがれた怒鳴り声が、店の奥から聞こえてきた。


「……関係、あったじゃねえか……」


「……そう、ね……?」


 その予想外の出来事に、俺たちは顔を見合わせるしかなかった。――どうやら二日目も、俺たちの予想通りに事は運ばないらしい。俺たちの運、いったいどうなってんだ……?

ということで、二日目はまだまだここからが本番です!果たして二人を待ち受ける予想外が何なのか、それを楽しみにお待ちいただければと!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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