第二百八十八話『霞む理想像』
――あたしは、少し頑固なところがある。それは昔から自覚があることだし、ヒロトたちとパーティを組んだ後だって変わらない。変わったところと言えば、何に対して頑固になるようになったかってところくらいのものだろう。そんなあたしだから、頑固な性分がそう簡単に変わりはしないことも分かる。……分かるんだけど――
「それでは、今日はこのプランで行かせてもらう。伝統の勝利のため、我々はやれることを全力でやるのみだ」
――いくら何でも、リーダーのやり方は頑固すぎる気がするのよね……。
あたしがこのチームに加わってから二日目になるけれど、一日目と特に変わった様子はない。発案者でありリーダーのクローネさんが一日のプランを打ち立て、それをチームメンバーが淡々とこなす。まるで仕事のようなそのスタイルは、去年まで見てきた懇親会準備の光景とどこか似通っていた。つまり、これが前任が作り上げた懇親会の準備の形なんだと思う。
周りから話を聞いたり実際に見たりする限り、先代のリーダーシップには絶対的なものがあったらしく、それを踏襲することがクローネさんの言う伝統ということなんだそうだ。ベレさんの振り分けを受けてクローネさんにあいさつしたときに、そういった類の話を熱弁されたのがやけにあたしの脳内にこびりついていた。
そんなスタイルのチームに、あたしの意志が介在できる余地もなく。一応管轄役、アドバイザーという立ち位置こそ貰っているがその実はただのチームメンバーだ。クローネさんの進む道に、クローネさん以外のガイドは必要ないようだった。
「……ネリン女史はこれを頼む。装飾は制作の華になるから、取り扱いには十分気を付けてくれよ」
「……ええ、任せて」
クローネさんから手渡された装飾品を持って、あたしは指定された位置へと向かう。そんなに重くもない装飾品の山が、今のあたしには無性に重たかった。
「よい、しょ……っと」
こんなはずじゃなかった……なんて泣き言をいうつもりはないけれど、あまりにクローネさんの理想が強すぎてあたしが割り込む余地は微塵もない。ヒロトたちを見てあたしにもやれることがあると思ったのは良いけど、思った以上に伝統というものは窮屈にできているものらしい。
「……これ、受け渡しお願いするわね」
「ありがとう。……これが制作の要になって輝きを放つのが楽しみね」
指定された場所で待っていたメンバーに装飾を手渡すと、その人は目をキラキラと輝かせてそれを収納場所へと丁寧に入れる。それを見る限り皆がこの準備を苦痛に思っているという訳ではないのだろうけど、あたしはどうしてもそれに同調する気にはなれなかった。
「……どうしたの?表情が暗いみたいだけど」
そんなことを考えこんでいると、いつの間にやらその人があたしの目をのぞき込んで心配そうな様子を見せている。それに対して、あたしはゆっくりと首を振った。
「ううん、何でもないわよ。どういうオブジェができるか、楽しみよね」
一応はこのチームを引っ張る立場のあたしが、チームメンバーに迷惑をかけるわけにもいかない。と言っても、この行動したところで何が好転するわけでもないんだけどね。
「……はあ」
メンバーと少し距離を取ってから、あたしは小さくため息を吐く。それが疲れによるものなのか、無力なあたしに対しての呆れの感情なのかは正直判別できなかった。
――ある意味、このチームは一番同じ未来を見ているといえるだろう。その点では理想的ともいえるし、それに向かってメンバーのモチベーションも高い。ここまで聞けば、このチームの優勝はゆるぎないものに見えるだろう。……問題は、皆が見ているその未来像が完成することは無い事なのだ。
理由は単純、予算不足なのだ。去年までは予算のほとんどをその製作に注ぎ込むことが出来た。そのおかげであのクオリティを出すことが出来てきたわけだが、今のペースだと四分の一もいかないままに力尽きるだろう。今回の予算は投票システムの構築にも使われていて、今までの予算をそのまま四分の一にしたわけではないのだ。
「それを正直に話しても、クローネさんが揺らぐことは無いだろうし……」
少し話してみただけでも分かるくらい、クローネさんは古風な理想主義者だ。その人にとって去年までの懇親会の形こそが目指すべき理想であり、そこに妥協は一切ない。
というか、伝えようとはすでにしてみたんだが、伝える暇がとにかくなかった。わき目もふらず自らの理想に向けて突っ走るその視界に、あたしの報告は多分入っていない。
「……あー、どうしたもんかしらね……」
軽く伸びをしながら、あたしはふとそうこぼす。そう言ったところでどうなるということもないが、そう言わずにはいられないのが現状だ。だって、しばらくしないうちにこのチームは……
「おや、らしくない表情をしていらっしゃる。……何か、お困りごとでも?」
「よくわかるじゃない、実はそうで……って、ええ⁉」
突然聞きなれた声が聞こえて、あたしは素っ頓狂な声を上げてしまう。何の気なしに答えてはいたが、その声は本来ならここで聞くはずのない声なのだ。
なぜなら――
「……クレン、アンタこのチームに所属してたの⁉」
「……ええ。貴女が驚く顔が見れたので、隠し通した甲斐はあったようですね」
あたしの驚きをよそに、クレンは楽しそうな笑みを浮かべて見せた。
ということで、初めてヒロト以外の視点で物語が書かれていきます!悩めるネリンの前に現れたクレンは何をもたらすのか、楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!