第二百八十六話『目には見えなくても』
「見えない、繋がり?」
「そうです。あくまでテーマはそれぞれとして独立しながらも、隠れたところに繋がりを仕込んでおく――気づけた人はその深みを知れてラッキー、そうでなくても一つの作品としては完結しているのでそれでオッケー。それなら、調和を失わずにいられると思いませんか?」
思わずオウム返しをしてしまった俺に、その女性がより詳しい解説を加えてくれる。そう言われてみれば、確かに折衷案としては悪くないように思えた。
「裏テーマみたいなのを作って一見関係のないジャンルの作品同士を見えない糸でつなげるってことか……。それは俺の発想になかったな」
「こういうのは私の業務ではよくあることですから。繋がりを持って物を作るだけでなく、元からある物に繋がりを作り上げるというのも、大事なお仕事ですからね」
「そう言えば、オレも貴方の店でペア加工をしてもらったことがあったっけ……。あの時はまだお忍びだったから、気づかれないようにしてくれて助かったんだよな」
その話を聞いて思い出したのか、八百屋を経営している男性が頭を掻きながらそう発言する。具体的なエピソードが出てきたこともあって、プランの解像度はより一層高くなったように思えた。
「繋がりの価値は必ずしも目に見えることにあるわけではありませんから。ただ、それがあることが表現の深みに繋がり、人と人の関係を知覚することにも繋がる。……私、この仕事が大好きなんです」
突如として現れた名案に感嘆する俺たちに向かって、女性は大きく胸を張って見せる。自分の仕事に胸を張っていられるというのは、ある種理想的な労働の形だと言えそうだった。
「それじゃ、裏テーマの設定は一つ案としてオウェルさんに出すことにするよ。……できれば、それがどんなものかというのにも触れたいんだけど、どうだ?」
なんやかんやと議論したことで、会議の開始からもう四十分は余裕で経過している。これ以上続けるのを強いることはできないが、幸いなことに皆のモチベーションは尽きていないようだった。
「……よさそう、かな?自分の店のこととかがあったら、早くに抜けてもらって構わないからな。……その上で、出来るだけ裏テーマについても詰めていこう」
慎重に前置きしたうえで、俺は周りに視線を向ける。さすがにぽっと出の議題に対して挙手が殺到することはなく、しばらく車座の中に沈黙が流れた。
ここまで幸いなことに回避していた沈黙だが、いざこうなってしまうと司会役というのは気まずいものだ。とりあえず口火を切ろうにも具体的な案がないし、そのまま話しても同意が得られるわけでもないだろうし、難しいところだな……。
そんな風に俺が内心うなっていると、おもむろにすっと手が上がる。あの人は確か……古物商を生業としている人だったはずだ。
「……非常にベタなテーマですが、時間の流れというのはいかがでしょうか」
俺が手を差し出して発言を促すと、おずおずとその人が意見を述べる。時間の流れというと、それはどこか聞いたことがあるようなテーマな気がした。
「確かに定番って感じではあるな。……でも、それだとアリシアのところと被りそうなのが少し気がかりって感じか」
あっちも歴史を表現する展示を作って来るだろうし、アリシアが居る以上詳細度では勝てる気がしない。やるにしても、俺たちだからできることをしなければ――
「……いえ、そういう時間の流れではなくてですね。……一人の住人にピントを置いた、そういう時間の流れをテーマとして切り取ってみたいんです」
「一人の、時間……」
となると、それぞれの作品に同一人物をモチーフとしたものが現れるということだろうか。作品間でどれだけのズレを生むかはともかくとしても、間違いなく少しずつその人物は変化をしていくだろう。……それを想像すると、なんだかおもしろいことになりそうな気がしてきた。
「……もし実現したら、面白いことになりそうだと俺は思う。……皆は、どうだ?」
軽く見まわしてみるだけでも、その表情はまちまちだ。どれだけの人が発言の真意に気づいているかまでは分からないが、明らかに否定的な人はいなさそうだった。
「……確かに、カガネは移住者も多い街だからね。冒険者を夢見て来た人が一流になるまでー―なんて、そんな裏テーマがあったら面白いかもしれない」
「どこかのショップでその裏テーマに関する情報を提供すれば、このエリアにいる時間も長くなるだろうからな。メッセージ性と有効性を両立しようとするなら、それが確かに一番いいのかもしれない」
辛抱強く待っていると、ぽつぽつと賛成意見が漏れ聞こえてくる。その理由を聞けば聞くほど、そのテーマがこの街のコンセプトと一致していることが理解できた。そしてそれは皆にも伝わったのか、気が付けばみんながどこか納得のいったような表情をしている。……これは、満場一致ってことでよさそうだな。
「……それじゃあ、テーマ候補の筆頭としてそれはオウェルさんに伝えておくよ。……皆、積極的に会議に参加してくれてありがとうな」
それじゃあ、解散!……と、俺は威勢よくそう宣言する。それに拍手が沸き起こるのを見て、俺はようやく肩の力を抜くことが出来たのだった。
緊張しながらも司会を終えたヒロトもカガネでの時の流れを経て大きく成長したうちの一人になるわけですが、その奮闘を楽しんでいただけたでしょうか。果たしてこの会議からどのようなものが生まれていくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!