第二百八十話『努力の使い方』
「おばちゃん、久しぶり。元気にしてた?」
「久しぶり……って、ネリンの嬢ちゃんか!そう言えばかなりご無沙汰だったねえ、そちらこそ元気にしてたかい?」
やはり顔なじみだったのか、お互いを認識するなり親し気なやり取りを交換する。その口ぶり的にネリンもしばらく足を運べていなかったようで、その会話にはなつかしさが滲んでいた。
「そうか、アンタも立派な冒険者に……。仲間を見つけられてよかったねえ」
「そこまで大変だったけどね……どうにか軌道に乗れて一安心って感じよ」
姉貴分のような感じなのか、しみじみと語る店主にネリンは苦笑交じりで答えを返す。ネリンの人脈にもそろそろ底が見えてきたと思っていたが、どうやら全然そんなことはなさそうだった。
「ということは、後ろにいる子たちはアンタの仲間かい?お揃いのアクセサリーまでつけて、どうやら生活は順調みたいだね」
「そういうこと。今日は久々にみんなで羽を伸ばそうってことでこのお店に来たの。ここのお肉料理は絶品だから、皆にも知ってほしくって」
「そりゃあ名誉なことだ。アタシも腕に寄りをかけて作るとするかね!」
ネリンの説明に店主はにんまりと笑い、アイテムボックスから肉の塊をどんと取り出す。鮮度が高い状態でキープされているのだろうそれは、素人である俺にも分かるくらいにいいものだった。霜降り肉ってきっとこういうのを言うんだろうな……。
「メニューはアタシの選択でいいかい?ここにはメニュー表が無くてね、細かくオーダーしてもらうことになるんだが――」
「お任せで大丈夫よ。そうすればまず間違いないし。皆も、それでいいわよね?」
ネリンの言葉に、俺たち三人は頷きを返す。専門家のやることになら間違いはないし、それに対して細かい提案をするのは無粋というものだろう。
「おうさ!今から作るからね、そこでじっくり見てな!」
そう言うと、店主は豪快に肉を切り分け始める。さっき俺たちが見ていた作業は仕上げの部分だったのか、目にもとまらぬ早業で手ごろな大きさに切り分けられていく様に俺たちはただただ感服するしかない。
「ここのお肉料理は絶品なのよ。こうやって注文を受けてから切り分けてくれるし、ぎりぎりまで鮮度が高い状態で焼き上げてくれるの」
「これは確かにすごいな……この街で流行にならないのが不思議なくらいだ」
「それはボクからしても不思議だね。屋台を出す位置さえ変えれば、すぐにでも流行になりそうな雰囲気はあるんだけど……」
「ああ、それはアタシがやってないだけさ。あまり客が来過ぎても忙しくなるだけだし、そんなに金を稼ごうとも思ってないしね」
肉を切る手を止めないままのその返答に、俺たちは驚くしかない。これほどまでの技術を持っていればどんな店でも引く手あまただろうに、その機会を全て投げ捨てているということなのだから。
「この人は昔っからこうなのよね。パパとママが宿に勧誘したこともあったけどそれも断られちゃったし」
「今までで一番心が揺らいだ提案だったのは確かなんだけどね。……まあ、アタシは一人で自由にやってるのが性に合ってるってことさ」
どこか気まずそうにして見せながらも、その返答は実に堂々としたものだ。その言葉には、店主がここまで培ってきた誇りがあった。
「……それなら納得だな。エルフの里にも、自分の技術を公にしたがらず、あくまで気ままに研究することが目的の者がいるくらいだ。……何のために技術を磨くかなんて、当人だけが決めていい事なのだろうな」
「おお、いいこというじゃないか……って、アンタが今巷で噂のエルフ様なのかい⁉︎」
嬉しそうに顔を上げた店主が、その姿勢のまま愕然とした声を上げる。表情筋が完全にフリーズしている中、それでも忙しなく、正確に動き続けている手元はさすがとしか言いようがなかった。
「まさかネリンちゃんのパーティメンバーになっていたなんてねぇ……世間に疎いアタシでも噂には聞いちゃいたが、こりゃとんでもないべっぴんさんだ」
「そんなに誉めそやすようなものでもないさ……。特に何か美容のために努めているというわけでもないのだからな」
やはり見た目のことをもてはやされるのはくすぐったいのか、ミズネはどこか恥ずかしそうにそう返す。だが、それはかえって店主の興味を引くことにしかならなかった。
「何も手入れしてなくてそれならもはやとんでもないことだよ!どうしたらそんなふうになるのか、是非とも話を聞いてみたいところだけど……」
そこで言葉を切ると、店主はくるりと俺たちに背中を向ける。その両手には、器用に切り分けられた肉が乗ったトレイがあるのが僅かに見えた。
「……アタシの料理はここからが本番だからね。少しばかり、集中させてもらうよ」
いっそ凄みすらあるその宣言に、俺たちは思わず背筋を伸ばす。……ネリンがこの屋台を一押しする理由は、どうやらここからお目見えするようだった。
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ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!