第二百七十八話『エントランスのひととき』
「……やっぱり、俺が一番最初だよな」
各々自分の部屋に戻ってから五分後、玄関前に足を運んだ俺は予想通りの景色を見ていた。まあ、これは俺の私服パターンが少なすぎて迷う必要が微塵もないとこに問題があるのだが。
そう言えば、四人そろってどこかに遊びに出るのは随分と久しぶりな気がするな。冒険のついでにどこかへ、ということはあったが、息抜きだけを目的に遊びにっていうのはかなりご無沙汰だった。
「こういう時じゃないとできない、みたいなとこもあるよな……」
冒険者という職業はいつクエストを受けるかも自由だが、それ故に休みの定義が難しい。休もうと思えばそこが休みの日だし、休みの日だろうがクエストを受けるだけでその日は仕事の日に早変わりだ。
「そういう意味では、本当にややこしい職業だよ……」
「……相変わらず、独り言が多いのね。そんなに暇だった?」
知らず知らずのうちに声に出ていたのか、いつの間にか現れていたネリンが怪訝そうな声を上げる。暇だとか暇じゃないとかじゃなくてこれはある意味癖のようなものなのだが、そこを説明してもややこしい事に成るだけだろう。
「そんなに暇ではねえよ……ちょっと冒険者って仕事を振り返ってただけだ」
「中々変わったこと考えてるわね……アンタの世界には冒険者って仕事はなかったの?」
「まあないな。それに似てる……って言えなくもない職業ならあるけど」
狩人やら登山家やら、冒険者の一部を切り取るような職業はないでもないが、冒険者の守備範囲はあまりに広すぎるのだ。受注があまりに簡単なのもあって、やっぱり俺が知ってる職業の中に冒険者に近いものはないって言った方がいい気がしてきた。
「そう……生まれたころから近くにある職業だし、疑問になんて思ったことなかったわ」
価値観の相違ってやつね、とネリンは興味ぶかそうな表情を浮かべる。ラフな格好にまとめたその首元には、チョーカーがしっかりと付けられていた。
「……やっぱ、それは外せないよな」
「そりゃそうよ。そう思うからアンタだってつけてるんでしょ?」
その指摘通り、俺の首元にもしっかりとチョーカーが付けられている。デザイン性がしっかりしているのもあって普段使いにも申し分ないし、本当にあのチョイスは天才的だったというほかないだろう。
「このパーティの証だからな、できる限りはつけてたい。多分ほかの奴らも……ほら」
ちょうどよくこちらに歩いてきたアリシアの首元にもチョーカーがあるのを見て、俺たちは小さく笑みを浮かべた。加入は一番最後になってしまったのもあって慌てて同じものを探したのは良い思い出だが、それがアリシアにとってもそうであるようで何よりだ。
「……なんだい、二人してニマニマと。そんなに外食が楽しみだったのかい?」
「まあ、久々に四人で出かけるわけだからな。そりゃ楽しみだろ」
「そうね。最初は戸惑ったけど、これはこれで悪くないかも」
俺たちの返答に、アリシアも同意するように目を細める。俺一人の独断での提案だったが、皆が喜んでくれているようで良かった。
「……にしても、アンタやっぱりセンスあるわよね……。ファッション本格的に勉強する気ない?」
そんなアリシアを上から下まで見つめて、しみじみとネリンがそうこぼす。しかし、それに対してアリシアの表情は快いものではなかった。
「お断りだよ……こういうのに気を遣うのはネリンの領分さ。今日のこれだって、ネリンが見繕ってくれたコーディネートをそのまま持ってきただけだ」
「それを覚えて置けるんだから才能はあると思うんだけどね……勿体ないわ」
普段はアリシアの才能をうらやんでいるような言動が多いネリンだが、今回ばかりはそれをただただ惜しむような表情だ。ファッションも真剣なネリンからしたら、やっぱり同士が増えないのは寂しいのだろうか。
「ボクは身だしなみに気を遣う性質じゃないからね……そういう分野を伝授したいなら、ほら」
そう言って視線を向けると、その先には少し慌てた様子のミズネがこちらに向かってきている。その首元には、しっかりとチョーカーが存在感を放っていた。
「すまない、遅くなった!……なんだ皆、そんなに視線を向けて?」
俺たちの視線に何を感じ取ったのか、ミズネが不思議そうに首をかしげる。俺たちの話の展開を知らないミズネからしたら、確かに俺たちの反応は不思議なものだろう。
「……いや、その話はまた後でするわ。四人そろったことだし、早いとこ出発しましょ」
「そうだな。ネリンの案内、楽しみにしてるぞ」
切り替えたように首を軽く横に振ったネリンがドアを押し開け、俺たち三人がその後に続く。久しぶりのガイドネリンによるカガネ観光が、扉の開く音とともに幕を開けた。
仕事とか依頼のこととか全て抜いた四人のやり取りを書くのは意外と久しぶりだったりする気がするのですが、いかがだったでしょうか?こういう日常も書いていきたいと思っていますので、楽しんでいただけていたら嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!