第二百七十三話『魔細工の在り方』
その人は、オウェルさんと同じくらいか少し上くらいの世代の女性だった。どこか憂うかのような表情を浮かべて、俺たちの前までゆっくりと歩み寄ってきた。
「……今日は、ずいぶんと賑やかなんですね」
「ちと事情があってな。安心せい、お前さんの邪魔はせんわ」
俺たちを訝し気に見つめる女性を、ジーランさんは柔らかい口調で諫める。それを聞いて警戒を解いたのか、女性の口調も少しだけ軟化した。
「そうですか。……注文したものは、出来ていますか?」
「ああ、当然できておる。……これがあれば、困難を乗り切る助けにはなるじゃろう」
そう言って、ジーランさんは手のひらサイズの円盤のようなものを取り出す。今までのものとは比べ物にならないサイズのそれは、おおよそ身に着けることが難しいくらいだ。それを果たして何に使うのかと、俺は少し疑問に感じていたのだが――
「……これがあれば、また旅も無事なものになるでしょう。……お代、こちらに置いておきますね」
それだけ言って、女性はつかつかと去っていってしまった。お茶を出す暇もないまま、俺たちはジーランさんの隣に座ったまま呆然としていた。
「まったく、前払いした分だけでかまわんといつも言っておるのに……」
困ったように笑いながら、ジーランさんは袋の中身を確認する。そこに入れられていたのは、銀貨二枚という定価を大きく逸脱した金貨たちだった。
「それだけの価値を、あの人はジーランさんに見出していたんですね……」
「買いかぶりというものじゃわい。ワシの魔細工には意志ある物を守るくらいの力しかないのだからな」
助かろうとしている人間しか助けられないものの価値などたかが知れているさ、とどこか自嘲気味にジーランさんは呟く。その言葉には、どことなく後悔が滲んでいる気がした。気にせずにはいられないが、しかし俺たちが気軽に踏み込んでいけるような領域でもないだろう。そう思った俺は、とりあえず話題を変えることを選択した。
「……そう言えば、さっきのって何を目的にした魔細工なんですか……?」
「……ああ、あれか。あれはな、馬車に取り付ける魔細工だ。車輪部分に取り付けて、合計四回分の加護を仕込めるといった具合でな。……今回注文しに来たということは、その中の一つが役目を終えたということだろう」
そう言いながら、金貨が入った袋をジーランさんはガサゴソと漁る。その中から、先ほどジーランさんが手渡したものと同じようなものが拾い上げられてきた。
「……ほらな。一度あやつが守りたい馬車に何か危機が起こり、その時にワシの魔細工が力になった。……この魔細工は、そこで完成したといえるのだろうな」
見せてくれたそれは土にまみれ、よくよく観察すれば小さな傷があちこちに入っている。この細工が長い旅を超えてきたのは、それを見れば説明されるよりもはっきりと認識できた。
「ワシの細工があったからこそ、これからも馬車は危険な旅を超えていける……とまで思い上がるつもりはないが、ワシの力が必要とされる馬車があるのは事実だ。……だから、『危険が起こらないように』という願いは少々ピントがずれたものになってしまうのだよ」
それが一番の理想であるとはいえ、危険に身を投げ出さなければいけない人がいる。初対面の時のミズネが、妹のために危険を顧みず迷いの森に向かおうとしていたように。この世界は平和に見えるが、一歩町から踏み出せば危険とすぐ隣り合わせになる世界でもあるのだから。
「だから、ワシは魔細工の完成を祈る。ワシの仕込んだ依頼人の思いが、せめて危険にさらされた者たちのそばで力になってくれることを祈るしかないんだ」
危険にさらされるのは、いずれ避けられないことになるから。……あくまで、ジーランさんの魔細工は事後対応なのだ。
「役目を終え、ここに飾られた魔細工たちは誰かを救った。誰かの力になった。それがワシは誇らしいんだ」
そう聞くと、壁に掛けられた魔細工たちがまた違った意味を持って見えてくる。仕事を終えた魔細工たちは、どこか誇らしげにも見えた。
「……いい仕事、ですね」
ふと、そんな言葉が口元からこぼれる。誰かの平穏を祈りながら、その平穏を守る力になれる――それは、この世界において理想的な形にも思えた。
「……分かってくれるか。それなら、ワシの力を貸す意味も生まれてくるというものだな」
「懇親会を通じて、この街の平穏とさらなる発展、そして住民の団結を願う。……その一助としてなら、貴方の技術を振るっていただけますか?」
満足げなジーランさんに、オウェルさんがそう問いかける。それに対して、返ってきたのは安心したような頷きだった。
「……ああ。久々に、この街そのもののために腕を振るってやるわい。礼は……そうだな、刻印一つにつき銀貨二枚でかまわないぞ?」
ということで、次回からはまた違った展開になっていきます!一つの課題を超えたヒロトたちが次に向き合うのは何か、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!