第二百六十四話『勝負は時の運?』
「……お、お帰り。ベレさんの手際はどうだ?」
「アンタたちよりよっぽど料理に関しては手慣れてるわよ。大雑把なのか調味料とかは目分量でチャッと入れてるけど、それでも常識の範囲内ではあるし」
居間でとりとめのない会話を繰り広げていると、ベレさんへの説明が終わったらしきネリンがとことこと帰って来る。ベレさんの料理というのは未知数だったが、ネリンがそういうならばトンデモ料理が出てくることはまあないだろう。そこは流石ベテラン冒険者、というわけだ。
「やはり万能なのだな……私も見習わなければ」
「ミズネはその特価性に凄さの神髄があると思うけどね。ボクは万能になんてなれないし、なれなくていいとも思っているよ」
「……なんか開き直ってるとこ悪いけど、料理くらいはできるようにならないと後々困るからね?」
ネリンの指導を受けながら一ヶ月、俺たちの料理の腕は全体的に伸びたと言ってもいいだろう。俺は一食分の献立を考えて作れるようになったし、アリシアも簡単な料理くらいだったらネリンの指導が要らないくらいだ。ミズネに関しても、最初のようなボケをかますことは少なくなってきている。「キッチンを任せるのにはあと二か月くらいはかかりそうだけどね」……というのが、先生であるネリンの評価ではあるが。
「最近つくづくそれを痛感しているよ……一人で暮らしているからと言ってあちこちの食堂を回って食事を済ませていたことが仇になったか」
「何事も積み重ねだが大事だからね。準備する時間が短ければそりゃどこかしらに穴は出るでしょ。もっとも――」
そこで一呼吸置くと、ネリンは含みありげに俺の方に視線を向け、すぐにミズネへと視線を戻す。言外に『お前にも言えた話だ』というアピールを貰い、少しばかり警戒しながら次の言葉を待っていたのだが、
「……懇親会の事情を知ってからの二人の修正の仕方にはびっくりさせられたけどね。あたしたちはそれを最初から知っててプレゼンを組んでたのに、まさかあそこまで対応が速いなんて」
「直前まで伝えなかったネリンの采配は正しかったってことだね。もし最初からそれを織り込んでプレゼンを作られていたらもっと大差が出ていただろうさ」
意外にも素直な賞賛を飛ばしたネリンに続き、アリシアもうんうんと頷く。今回のプレゼンを巡る一幕は、今までを知る二人からしても中々に出来がいいものであるらしかった。
「まさか順番で流れを取りに来るとはね……それは考えもしてなかったわよ」
「完全に観衆の心をつかんでいたもんなあ……あの盛り上がりっぷりはとんでもなかった」
「お前たちの意見とか、他の発表者さんの意見ありきでできたことだよ。そこまでの盛り上がりが無かったら、いいとこどりをしようとしてる俺は勝手に自滅するんだから」
もしくはある案一強だったとしてもこの作戦は不発に終わっていただろう。魅力的な案の数々に『選べない、出来るならば全部見たい』と思っている層を拾い上げたからこその勝利だからな。そういう意味では、俺が一番あの会場で博打を打っていたと言ってもいいくらいだろう。
「ま、誰もが納得のいく落としどころにできて一安心だけどね。そうできなきゃあたしたちも困っちゃうし」
「ここからの作業の士気にもかかわることだからね……誰もがやる気を失わないような形でよかった」
「そうだよなあ……ここまで議論を戦わせておいてまた明日からは準備とか、中々に正気の沙汰じゃない気もするけど」
つくづく実感させられることなのだが、この世界の人々のバイタリティは半端ではない。まるでラスボスかのようなたたずまいでいた定例会ですら、あれだけの熱量はないにせよ一週間に一回行われるのだから。一週間の中で準備を休むのは週末の一日しかないし、それでいて疲れの色が一切見えないのが恐ろしいところだった。
「商売だってある意味体力勝負だからね……冒険者上がりの人も多いし、この街はやたらとパワフルっていうのはそうかも」
「私が見てきた中でも一二を争うレベルで冒険者が地域に根付いているからな……どの町も人々との共存はできていると思うが、共栄できているのはここ以外にはあまり見たことがない」
だからこそあそこまで遠慮のない意見を戦わせられるのだろうしな、とミズネは考察する。そう言われてみれば、冒険者という存在がこの街では当たり前に一緒にいるものだというのは納得の話だった。他人行儀な人に対してあそこまでがつがつと意見を戦わせることは難しいしな。
「時の運……って片付けるのもよくないけど、とにかく今回のプレゼンは大成功って感じに落ち着いて一安心よ。とりあえず、あの人たちの後任として後れは取ってないと思うわ」
「そうさ!お前さんたちは誇っていい!なにせ、あの提案のおかげで懇親会はまた一つ新たな選択肢を得たわけだからね!」
いつから聞いていたのか、ベレさんが豪快に俺たちのプレゼンを称賛する。……その両手には、大きな土鍋が抱えられていた。
定例会が終わった四人に待ち受けるのは安らぎか、それともまだまだ忙しい時間が続くのか!懇親会成功のために動く四人をこれからも応援していただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!