第二百六十話『広がるどよめき、進む投票』
「一発目だとは言え、自分の案に票が行かないのは不安になるわね……誰か一人が抜きんでる展開にはならないでしょうけど、それにしたって心臓に悪いわ」
「接戦になるだろうからな……早めに一票目を取って安心したいところだ」
ベレさんが投票された人の名前を読み上げ、それに応じてホワイトボードに書かれた名前の下にマークが書き入れられていく。俺たちパーティの名前は今のところなく、固唾を飲みながら俺たちはベレさんの読み上げに耳を傾けていた。
「……四人目、ネリンさん」
「……よし、これでとりあえず並んだ……‼」
名前が呼ばれた瞬間、ネリンは手元でガッツポーズ。複数得票の人がまだいない今、いかに早く名前を呼ばれるかというのは中々に気がかりなことだった。
この感覚、どこかテストの返却待ちに似てる気もするな……もっとも、返ってくるのは点数ではなく皆の投票なのだが。名前が呼ばれるのを待つ感覚も相まって、俺の心境は内心穏やかではなかった。
「尖った案なのは分かってるからなあ……それがどこまで受け入れられたもんか」
「革新派のメンバーもいるだろうから、総スカンを受けることは流石にないとは思うが……まあ、それを決めるのは周りの人たちだからな」
俺の呟きを聞きつけたのか、ミズネが苦笑しながらそう続く。挑戦者の身である以上ある程度攻めた案は出さなければいけないだろうが、攻めすぎるというのも考え物だった。……主に提案者のメンタル面的な問題で。
頼む、出来る限り早く一票入ってくれ……最悪俺の奴がカウントされててもいいから入ってくれ……
「……六人目、ミズネさん」
「おお、良かった……とりあえず一安心、だな」
そんな俺の祈りをよそに、ミズネの名前が初めて呼ばれる。ここまですべての票が散らばっているのを見るに、今回のプレゼンは大接戦と呼ぶにふさわしかった。……その分、取り残された側の緊張感は半端じゃないが。
「……こんな時でもマイペースなお前はすげえよ……」
「ボクのやれることはやったからね。ここからじたばたしてもどうにもならないし、採用された後のことを考えて少しでも案を練っておくほうが有意義だろう?」
隣で椅子にもたれかかっているアリシアは、グイッと伸びをしながらホワイトボードに目をやっている。やはり大物……というか、マイペースという言葉がよく似合うやつだ。
「七票目、ネリンさん」
「……っし、これは大きいわね……‼」
そんな中、俺たちを差し置いてネリンが二票目を獲得する。これは提案者の中でも最速で、皆に比べて一歩リードした形だ。
この会場にいる人たちの数を見るに、総票数は七十票前後と言ったところだろう。その枠組みで考えるならば、七票目にして初めて投票が被るというのは相当な散らばりの証だと言えた。
「焦っても仕方ない。分かってるんだけどな……」
理性と本能は別だとよく言うが、この場所はそれをいやでも痛感させられる。まだまだ先は長いと思ってはいても、早く一票目が入ってほしいと思わずにはいられなかった。
「……九票目、アリシアさん」
一票おいて、アリシアも一票目を獲得する。本人は集中していて気付いていないようだが、これでまだ票を得ていないのは俺を含めて三人―—それも、残り二人はほかの人に比べて見事に論破を食らっていた人たちだった。
「落ち着け落ち着け、まだ七分の一だ……」
「そうよヒロト。二票のあたしがトップなんだから、まだ何もわかっちゃいないっての」
ネリンが横からそうフォローしてくれるが、その言葉にも微かな焦りを感じる。トップにはトップの重圧ってのがあるもんなのかね……なんて、今の俺にはまだ実感のない話だが。
俺も一刻も早くそっち側に行きたい……というか、まずはほかの人と肩を並べたい。そんな思いがそろそろ切実になりだした、その時だった。
「……十票目、ヒロトさん」
「来たあ!」
願いが通じたのか、ここで俺にも待望の一票目が入った。名前が呼ばれた瞬間思わず叫んでしまったが、かなり後での登場になったし許してほしいところだ。
「十票が終わってトップが二票か……今回のプレゼンはマジで接戦なんだな」
「レベルが落ちてるってわけでもねえし、ここから一案を採用するのは難しいんじゃねえか……?」
十票という一まずの区切りを前にして、周りのざわめきが少しばかり強くなる。この状況に混乱している……というか、この接戦自体が彼らにとっては予想外の様だった。
そんなどよめきを含みながら、開票はどんどんと進んでいく。一票また一票とマークが増えていっても、誰かが抜け出すということが起こらないことに、どよめきはだんだんと大きくなっていった。
六十票目を開票して、トップはネリンの十一票。その後にミズネが十票で続き、俺ともう一人の人が九票、アリシアが八票でそれに続く形だ。
「こんなに接戦になるのはいつぶりだ……⁉」
「分かんねえ、でもすげえってことは分かる!」
ラスト十票までもつれ込むことなど誰も予想していなかったのか、どよめきはもはや熱狂へと変わりつつある。ラスト十票の戦いは、最高潮の盛り上がりとともに進行しようとしていた。
次回、この投票を制するのは誰なのか!長きにわたるプレゼンの決着、楽しみにしていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!