第二百五十二話『司会のお仕事』
「若造……とは、そちらもずいぶんな物言いですね。そういう古い価値観が、芯に守るべきものを侵食していくんでしょうに」
喧嘩を売られた若い男性は丁寧な口調を崩していないが、その内容を見る限りキレているのは明らかだった。売り言葉に買い言葉とはまさにこのことと言ってもいいだろう。そして、言われた側がそれに黙っているわけもなかった。
「一年目でこの物言い……随分と世間を知らねえようだなあ⁉」
大きな音を立てて立ち上がり、身を乗り出しておじさんが威圧を始める。それに若い男性も少しひるんでい入るようだが、しかし引く様子は微塵もなさそうなのが恐ろしかった。
「そちらこそその年にして落ち着きを知らないとは、ずいぶんと礼儀知らずな方に育てられたと見えます。そんな人の出した案など、聞かずとも品性が知れているというものでは?」
「家族まで馬鹿にするてめえに言われたかねえな!そうやって人を貶めるしか能のねえてめえこそ、定例会には必要のねえ存在だってのがどうして分からねえ!」
「なんですって……⁉」
お互いにお互いの地雷を踏み抜きながら、言い争いはどんどんとヒートアップしていく。……というか、一番怖いのはここまでそれを止める人が誰もいないことだ。割って入れない、という人もいるのだろうが、何人かは「もっとやれ」みたいな感じのスタンスに見えるのもまた恐ろしい。まあ、ここで二人が共倒れしてくれることで得をする人だっているわけだもんな……
ふとベレさんたちの方に目を向ければ、『またか』と言わんばかりの感じで状況を静観している。ベレさんが入ってこないということはまだまずい状態じゃないということなのだろうが、見てる側からしたらハラハラさせられるんだよな……
「そもそも、あなたたちのような方々が新しさを奪っているのでしょう?変えようとするために動いてきた人たちをこうやって恫喝する、そのやり方は卑怯極まりない! 皆さま、そうは思いませんか!」
「ああ⁉ おめえみたいな若造が今までを語るんじゃねえ!俺たちの守ってきたものを壊すのはいつだってそういう輩だ、なあ皆⁉」
「「「「「おおおおおおおおおー―――っ!」」」」」
二人が同時に観衆に呼びかけることで、それに同調する周りの声が地鳴りのように響き渡る。これには流石のネリンたちもあっけにとられたようで、俺たちはどちらにつくこともできずにいた。
「……これ、ヤバくないか?」
「そうね……まさかここまでとはあたしも予想外だったわ」
隣に座るネリンにこっそり耳打ちすると、ネリンから神妙な頷きが返って来る。こういった状況になる事を予見していたネリンでさえ気圧されるほどの熱量は、会場のほぼすべてを飲みこんでいた。
「守るだけでは先に進めません!文化を停滞させるのは、いつだって前時代的な考え方です!」
「変わるにも変わり方ってものがあるだろうが!おめーらの言ってることは変革なんてものじゃねえ、ただの迷走っていうのが正しいんだ!」
互いの勢力の中心となっている二人が声を荒げ、そこに周囲がそうだそうだと追従する。お互いの主張がお互いに地雷となっている今、この論争はどこまでも続いていきそうな印象を覚えた。それこそ、いつ喧嘩になってもおかしくないくらいには……
「……ヒートアップしていて結構な事ですが、次に行きましょう。そろそろプレゼンの持ち時間も切れることですしね」
「ベレ殿、それは流石に理不尽というものです!こちらのお方が割り込んできたことによって、まだ十分な補足説明ができておらず……‼」
ベレさんの司会進行に、若者が驚いたようにそちらを向く。確かに、ここまで静観を貫いてきたベレさんがいきなり割り込んでくるのは意外だった。
「理不尽も何もありません。貴方のしたことはヤジに対して無駄に熱くなったということに過ぎないんですから、そうすると決断したあなたにも責任が問われる。誰かの発表時間だけを長引かせるのでは、プレゼンの公平性にもかかわってきますからね」
「……貴方も、頭が固いお方だったか……そうやって柔軟になれないから、あなた方はいつまでも停滞しているんでしょう⁉」
ベレさんに説き伏せられてもなお、若者は自分が新しい風を吹かせるんだと主張してやまない。その姿を見て何を思ったのか、ベレさんは少しだけ表情を動かした。
「……てめえが柔軟だとでも言いたげな物言いだな。……よくできた冗談だぜ、居酒屋で言えたら百点満点だったな」
「なっ……⁉」
そこにいたのは、いつもの豪快なベレさんでも、司会として淡々とことを運んできたベレさんでもない。……厳しい視線が、若者を貫いていた。
「反対意見を押しつぶそうとしたのはてめえも一緒、周りを巻き込んで叩き潰そうとしたのはむしろてめえが先だ。俺からしたら、てめえが嫌ってるらしいアイツらとてめえは全く同じにしか見えないんだよ。……俺は、お前がこれ以上恥をかく前に止めてやってるんだぜ?」
「ぐ……‼」
むしろ感謝してくれ、とでも言いたげなその言葉に、若者は何も言い返せない。しばらく葛藤していたのか若者はうつむいて拳を握りしめていたが、やがて力なく席に着いた。
「……もういいです。あなた方がトップでは、この思いは伝わらない。そう確信しましたから」
強がって見せてこそいるが、それは事実上の敗北宣言だ。ベレさんの喝に何も言い返せなかったという事実は、どうあがいても付いて回るわけで。
そんな完璧な論破劇を見せたベレさんはというと、その姿に軽く頷いて――
「はい、ありがとうございました。では次の方、準備をお願いします」
あくまで淡々と、司会の職務を全うすることに全力を注いでいるのだった。
普段は豪快で気のいいベレですが、その威厳のある部分を感じていただけたでしょうか。果たしてこの先どんな風にプレゼンは進んでいくのか、楽しみにしていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




