第二十四話『損な性分』
ーー我ながら、どうしようもない性分だと思う。あれほどまでに怖いと思っていたのに、先に行って欲しいと願っていたのに、
「……ヒロト、大丈夫なの⁉︎」
「少なくともお前よか大丈夫だよ!」
ーーなんて、心配そうなネリンに対して強気な啖呵を切ってしまうのだから。
コミュニケーションは不自然にならないよう昔から努力してきた方だと思うが、それでも俺の根っこは変わらない。コミュニケーションが得意かと言われればそうでもないし、かと言って完全に猫をかぶれるほど強かな性格もしていない。……だから、あんなに不安げにしていたネリンの背中を押すことなんて出来なかった。
綺麗事と言われても否定はできない。結局のところ、俺は今のままのネリンが戦ってはいけないと勝手に判断しただけなのだから。あのまま背中を押すのだって一つの答えだ、否定はしない。しない、けど。
「お前は少し落ち着いとけ!足、震えてんぞ!」
ーー俺は、その判断をするのが怖かったのだ。
気を抜けば今すぐにでも力が入らなくなりそうな自分の足事情を棚にあげ、ネリンの方を振り返らないまま大声で叫ぶ。
「震えてなんかっ……‼︎アンタこそ、肩震えてるように見えるけど⁉︎」
「震えてねぇ!……だから、大丈夫だ!」
大声で叫び返してきたネリンに、俺はさらに声を張り上げて言い返す。その間にも、人形は少しずつ迫ってきていた。その手に握られているのは木刀だが、食らえばとてつもなく痛いことは間違いないだろう。
(落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け……‼︎)
自分に必死に言い聞かせながら、俺はさっきのクレンさんの構えを必死に思い起こす。確か少し腰を落として、両手でしっかり剣を握って、そのままそれを斜めに抱えて…!
「……づあぁ、痛ってえ!」
見よう見まねで作った防御の構えに、人形の振るった木刀が勢いよく衝突した。流石に素人の剣捌きではその衝撃を殺しきれず、ビリビリと痺れるような痛みが腕を伝って肩まで届いた。野球で芯を外した時の痛みにも似ている気がするが、そんなのとは比較にならない。脱臼していないだけまだマシだと、そう思っておくことにする。
「上出来、だろ……」
『……第二撃、開始します』
自画自賛する俺をよそに、人形は無慈悲に次の攻撃の開始を告げる。その直後、人形がふっと剣を大上段に構えた。
「う、おおおお!」
そのまま振り下ろされた木刀をどうにか剣で受け止め、押し込もうとする人形と力比べする形になる。刀身を支えるようにして受け止めたから一撃目ほどの痛みはないが、それでも筋肉は悲鳴をあげていた。
(ちくしょう、これならもう少し筋トレしとくんだった……‼︎)
図鑑はそこそこ重いしいい筋トレにはなるのだが、いかんせんそれだけでは一般人ちょい下程度。俺の筋肉レベルなんてせいぜい『オタクの中じゃまだ力持ちな方』がいいとこだ。当然、俺の限界は早いわけでーー
「く、うううっ!」
剣を残しながら体だけずらすような形で、どうにか俺は振り下ろされた木刀を回避することに成功した。バチン!という音を残して地面と衝突した木刀に、俺は背筋がゾワっとするのを感じる。
ーーヤベェ、あれ食らったら絶対痛いでおさまらねぇぞ……?
どうにか回避したいと強く思いつつも、ここまでのやり取りで俺の両手はもうほぼ握力を失っていた。さっきみたいに受け止めようなんてもってのほかだし、なんなら軽く振っただけで剣がすっぽ抜けてどっかに飛んでいきかねない。こんな状態で、俺ができることといったら……
『……第三撃、開始』
「こ、ん、じょおおおおっ‼︎」
ただ一つ、『気合避け』だけだ。
横振りの一撃を下がってかわし、それを追うようにして人形が突っ込んできたのでどうにかそれとすれ違うようにして人形の横に滑り込む。いつだか格闘技図鑑で読んだ『ダッキング』もどきのぎこちない動きだが、それでも人形相手には十分通用したようで、俺は人形の後ろを取ることに成功した。
「……ほう」
それを見てクレンさんが何やら興味深そうな声をあげていたが、そんなことを長く気に留めるだけの余裕なんてあるはずもない。乱れた息を整えて、俺はもう一度足に力を込めた。人形は振り向き、こちらへの攻撃準備を既に整えていた。
『……第四撃』
今度はダッキング対策なのか、地面スレスレに剣を構えてから鋭く人形が踏み込んでくる。地を這うような低さから繰り出される一撃に、俺はとっさに右に飛ぶことでどうにか事なきを得た。しかし息つく間もなく、次が来る。
『…五』
五回目の攻撃は、最初に見せたような突進だった。最初は受け止めてしまったが、冷静に考えれば力比べする理由もないので俺はスッと横にずれて軌道から外れた。それを追うように人形も微調整してくるが、それを見た上でもう一度ズレてしまえば今度こそ人形はそれを追い切れない。
「っし、凌いだ……‼︎」
少しでも集中が切れようものなら足がもつれそうな危うい足取りだったが、ほぼ毎日と言っていい図書館通いで培われた足腰が、今俺の気合避けを全力でサポートしてくれていた。基本的に図鑑って持ち出し禁止なのがキツいんだよな…
「……はあっ、はあっ」
だが、俺の息が切れ始めているのもまた事実。そして、このままじゃ埒が開かないのも明白だった。このままじゃいけないと俺は考えを回すも、そうホイホイと方策が出てくるわけでもない。なら思いつくまで逃げるしかないと、俺がもう一度構えを取ろうとした時ーー
「ーーヒロト、聞こえる⁉︎」
ネリンの叫びが、耳を打った。気合避けの末にかなり距離が離れていたが、それでもよく通る声は明確に俺に届いている。それに俺が軽く剣を持ち上げて答えると、ネリンはこちらに向かって駆け出してきた。その手には、俺と同じ作りの直剣が握られている。
「ネリン⁉︎検査は一人ずつじゃなかったのか⁉︎」
「クレンが『今回は特例にする』って!あの時のお返し、ちゃんとさせてもらうわよ!」
驚く俺に早口でそう説明すると、ネリンは俺よりもずっと慣れた様子で剣を構えた。……その足に、もう震えはない。心強い仲間が、俺の隣に立っていた。
「……今度は、あたしがあんたを引っ張ってあげる!」
ヒロトのカッコいい部分、知っていただくことができたでしょうか。普段は癖の強いヒロトですが、こういう一面もあるんだなぁと思っていただけていたらとても嬉しいです。
次回、ネリンとヒロトの二度目の共闘をお楽しみにしていてください!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!