第二百二十一話『貴重な組み合わせ』
「……それじゃ、あたしたちは買い出し行ってくるから。アンタたちは体休めておきなさい」
「かと言ってソファーでは寝ないようにな。体を痛めかねんぞ」
「わーってる、寝るような真似はしねえよ……」
「今ここで寝ると生活リズムが狂いかねないからねえ……ただでさえ夜型のリズムを改善するのに時間がかかったんだから、ここでその努力をパーにするような真似はしないとも」
そそくさと準備を整えた二人に俺とアリシアが寝ころんだまま返事をすると、「よろしい」とネリンが頷きを返す。そうして二人が出発していった後には、俺とアリシアだけが残された。
…………さて。
「パーティ組んで長いけど、この組み合わせは初めてじゃねえか……?」
「そうだねえ。意外と二人での会話の機会というのは少ないものだから、仕方ない話ではあるのだが」
俺の呼びかけに、アリシアの脱力した声が返って来る。それに対しての気の利いた返しも思いつかず、それだけでまた俺たちの間に沈黙が流れた。
――恥ずかしい話なのだが、俺はやはり一対一の会話というのがまだまだ苦手だ。今まではあっちから話しかけてくることが多かったからどうにかなってはいるのだが、いかんせんお互い疲れ切った今の状況では話題の振り手がいない。かと言って、このまま無言が流れるのもそれはそれできついと感じてしまうのが俺の良くないところだった。
別に無理して話す必要もないのだろうが、アリシアと二人で会話する機会というのも中々に貴重だ。だからこそ、普段聞けないような話も聞けたらいいと思っていたのだが――
「…………君は、不思議な人だと前々から思っていたんだ」
そんな風に思っていたところに、アリシアからそんな言葉が投げかけられる。アリシアにしては珍しく、ストレートな物言いだった。
「不思議な人……? 自分ではわかり易い方だと思ってるんだけどな」
「ああ、そうだね。だからこそ、という側面もあるんだ」
俺の返しに、アリシアはどことなく楽しそうに笑う。お互いに寝転んでいるから表情は見えないが、とりあえず楽しそうなのは確かだった。
「君のいないところでネリンからチマチマ聞いてはいたよ。図鑑のこととか、初めての冒険のこととかね。…………聞けば聞くほど、数奇な運命の中にいるなと思ったんだ」
「数奇な運命……ねえ」
確かに……というか、間違いなく俺はこの世界の住人の中で一番数奇な運命をたどってきているだろう。だってそもそもこの世界の住人ではないのだから。
だが、それをアリシアはどこまで知っているのか。ネリンもまだ伝えていない……とは思うが、俺としてもどこまで踏み込んでいいのか迷っているところではあった。
決して隠しておこうという訳ではなく、その話題を切り出すタイミングがなかったというのが一つの原因だ。いきなりぶっこむには話題が突拍子もなさすぎるし、冒険中に伝えることでもない。それはミズネとネリンも分かってくれているようで、そういう話題には触れないでいてくれたのだ。いつまでも言わずにいるのはどうかなものかと思いながら、今日ここまで来てしまったわけなのだが――
…………もしかしたら、今が一番のチャンスなんじゃないか……?
「出自を聞いても謎だというし、おまけに黒髪黒目というこの街における一番の幸運の象徴まで背負っている。否が応でも期待を背負わされる中でここまで注目されなかった君が何者なのか、ボクとしては非常に気になっているんだよ。……まあ、ネリンは意図的にそれを隠している節はあるんだけど」
そうこぼすアリシアの声はいつもより柔らかい。疲れているということもあるのだろうが、一番にあるのは未知への高鳴りなのかもしれない。……生憎、俺が答えを出さない限り決して答えにたどり着けない問題なのが申し訳ないところだ。
「この街のだれもが君の噂すら今まで知らなかったとなると、ボクとしてはどこか途轍もない遠方から事故で飛ばされてきたぐらいの仮説しか残されていないんだけど、それはどうにも突拍子もなさ過ぎて――どうしたんだいヒロト、急にせき込んで」
「……いや、何でもない」
その仮説で九十五パーくらいは正解なものだから思わずむせてしまった。思考が柔軟な方だとは思っていたが、まさかそこまで検討するところまで考察が進んでいるとは思わなかったな……
「まあ、分からないことへの楽しさはあるんだけどね。本人に聞いてみたいという欲望はずっとあったのさ。今日ほどおあつらえ向きな機会が転がり込んでくるとは思ってなかったけどね」
俺の呼吸が整ったのを確認してから、アリシアはしみじみとそう語る。…………その声色を聞いて、俺にも踏ん切りがついた気がした。
「…………分かった。アリシアの疑問に答えるよ。申し訳ないけど、アリシアの知識だけじゃ完全な正解にはたどり着けないだろうからな」
「……言うじゃないか。それほどまでの自信があるということは、よっぽどの事実なんだろうね?」
「ああ、期待していいぜ」
そう言ってはいるが、俺の内心は緊張しまくりだ。きっと何度打ち明けても、この緊張が晴れることは無いのだろう。
そんなことを思いながらも、俺はゆっくりと息を吸い込んで――
「……実は俺、この世界の生まれじゃないんだ。異世界出身、ってやつだな」
できる限り何でもない事であるかのように、俺はそう打ち明けた。
次回、衝撃の事実を目の前にしたアリシアは何を思うのか!そしてどんな反応を示すのか、未知数のコンビの掛け合いを楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!