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第二百十八話『冒険者の大前提』

「冒険者像、ですか」


「そうだ。懇親会だけでなく、お前さんが目指すところを聞きたい。……お前さんは、何を望んで冒険者としてここにいる?」


 俺の確認に、おじいさんは重々しく頷く。パーティとしての俺でなく、幸福の象徴としての俺でもなく、ただ一人の冒険者としての俺を、あの人は見定めようとしているかのようだった。


「……少し、考えさせてくださいね」


 俺のその発言を咎める人はいない。他の参加者も、おじいさんの放つ雰囲気に気圧されて何も言えなくなっているようだった。


 当然のことながら、こんな質問が来ることなんて想像していない。まさか俺単体にターゲッティングされた質問が来るとは思ってなかったし、こんな伏兵がいること自体が予想外だ。だからこそ、今ここで考えなければならないのだ。


 思えば、エイスさんにも同じような質問をされた気がする。あの時の俺は、なんて答えたんだっけか……。思い出そうと思えば思い出せるだろうが、それをそのままこっちの質問にも持ってくるのは少し失礼な気がする。


 そんな感じで考えて一分近くは過ぎただろうか。そろそろ話しださなければならないだろうと、俺は慎重に息を吸い込んで――


「そう…………ですね。楽しく生きていきたいと、俺は思ってます」


「楽しく、か」


 とりあえず、第一声で話す価値なしという判断は免れたらしい。続きを促すような声につられて、俺はまた話し始めた。


「楽しく……って言っても、だらけてたいとか、楽してたいとかじゃなくて。しっかり冒険者として生きて、その環境を楽しんでいきたいんです。ちょっとしたクエストで魔物を狩りに行ったりとか、依頼された素材を取りに行ったりとか。……そういう日常を、楽しんでいたい」


 四人パーティになってから始まった異世界での日常は、俺の理想に近いものに思える。狩りをしたり採取をしたり、時には休んでギルドのカフェに入り浸ったり。そこそこに自由でそこそこに忙しい毎日だ。……それが続けばいいと思うし、仮に環境が変わったりしてもそこで楽しんでいられればいいと思える。遺跡探索も屋敷の調査も、始まってしまえばなんだかんだで楽しかったしな。


「冒険者が楽しんでした仕事で、街にいる誰かが助かってる。……それって、誰も損しない最高の形だと思いませんか?」


 楽しんで生きるってのは存外難しい。日本にいた時の俺も図鑑巡りを楽しんではいたが、それ以外に楽しみがあるかって言われたら微妙なところだしな。……まあ、だからこそ憧れてしまうのかもしれない。


「特別な称号とか名誉とか、そういうのを望んで生きるんじゃなくて――ただ、目の前の日々を楽しめていればいいなあって。それできるのが冒険者って仕事だと思うんで」


 可能性は無限大で、自分のいく先は自分で選ぶ。……きっとそれが、俺の冒険者としての前提にある心構えなのだろう。図鑑にも乗らないようなことを知りたいとか、そういう漠然とした願い事は全部それが成立したうえで言える話だ。


「……あまりご立派な心構えじゃないかもしれませんけど、これが俺の目指す冒険者像です。……この懇親会でも、皆が楽しめるような形にできたらいいなあって」


 たどたどしかったが、言いたいことは言いきれた。あとは、おじいさん側の反応を待つだけだ。


 ふと視線を送れば、おじいさんはまっすぐ立ったままわずかに目を伏せている。かなり甘ったれた考えだったし、もしかしたら機嫌を損ねてしまったのかもしれない。これはやらかしたか……なんて内心俺が答え方を後悔し始めた、その時のことだった。


「………………考え、しかと聞かせてもらった」


 ふと目を開け、顔を上げたおじいさんと目が合う。その眼は鋭いままだったが、どこか柔らかい空気を孕んでいるように感じられる。おじいさんは俺の方をまっすぐ見据えて、


「……お前さんの考えは決して間違っていない。……誰もが一度は抱きながらも忘れていくその思い、決して取り落とすことのないようにな」


「……肝に、銘じておきます」


 その言葉の重みは、俺にも分かる。おじいさんのまとう雰囲気が、俺にその言葉をしみこませていた。


 その言葉を最後に、参加者の雰囲気が一気に緩む。それこそが、俺にとって一番の山場を乗り越えたらしいことを教えてくれた。まあ、アレよりも威圧感が強い人なんてそう相違ないだろうしな……


「いやー、まさかあの爺さんが若いのと素直に話をするなんてな……珍しいこともあるもんだ」


「今日はなんかおとなしいもんね……あのおじいさんが気に入るなんて、あの子只者じゃないのかも」


「只者じゃねえだろ、なんせ黒髪黒目だぜ? 俺噂でしか聞いたことなかったからびっくりしてるぜ」


 半信半疑だったざわめきが、いつしか期待と驚きに満ちたものに変わっていく。ふと視線を横にやれば、ネリンたちが笑顔でこちらを見つめていた。


――どうやら、俺は俺の役割を果たせたらしい。ネリンたちの表情を見て、俺はようやく肩の力を抜くことが出来たのだった。


冒険者としてのヒロトは、エルフの里の時とは少し価値観が変化してきています。そのあたりの変化が懇親会の運営にどう影響を及ぼしてくるのか、期待していただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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