第二百十七話『目指す冒険者像』
と言っても、大勢の前で発言することが得意化と言われれば答えは圧倒的なノーである。まずそんな機会に恵まれてこなかったし、自分からそんな機会を得ようと行動してきた記憶もない。だから、上手くやれる気なんて本当に毛ほどもなかったのだが――
「おお……」
「これがうわさに聞く黒髪黒目か……」
「思ったより普通の雰囲気だな……?」
俺に注目が言ったことで、改めて俺を品定めしているような視線が注がれる。不安とどよめき、後はちょっとした物珍しさが含まれているといった感じだろうか。なんにせよ、百パーセント負の感情だけでできているわけではないようで一安心だ。
「……えと、花谷大翔です。黒髪黒目です……って名乗るのは、少しおかしな気もしますけど」
そう話を切り出すと、場の雰囲気が少しだけ緩む。まずは黒髪黒目の少年にある神聖な価値観を少しでも減らしてやらないとな。
「今回は俺たちパーティが懇親会っていう大事な場を任せてもらうことになって、本当にありがたいと思ってる。前任の人がさらなる成長を目指して別の街に向かったってのは良い事ですし、俺たちもその後を継いでいいものにできたらいいなって思ってます」
三人に比べて、当たり障りのない言葉だなあと思う。でもこれが本心だし、これ以上に脚色する必要もない気がする。俺に求められているのは、全ての期待を背負い込める英雄の役割なんかじゃないのだから。
「俺自身に大したことが出来るかって言うと、他の三人みたいに特別な経験もなければ技能が充実してるわけでもないですけど。……それでも、懇親会を成功させたいって気持ちはこいつらと同じくらいにはあるつもりでいます。そのために、足りない頭だろうといくらだって回すつもりです」
俺なりにやれることはやる。そのためには地味な役割だってこなすし、自分が主役になれる機会なんてそう多くなくていいのだ。それは、皆がのぞむ幸運の象徴の形とはまた違うかもしれないが――
「それでいい結果が出るなら、それが俺なりの幸福の象徴なのかなって、思います」
自分で見ても、たどたどしい演説だ。アイツらみたいに周りを巻き込めたわけでもないし、何か信頼できるような言葉を紡いだわけでもない。子供の作文みたいで、自分で思い返すのも少し恥ずかしいくらいだ。だから、俺にできるのはそれが届いているように祈ることだけ、だが――
「……まっすぐだな、お前さんは」
沈黙の中、一人の男性の声が響く。しわがれてはいたが、その声には明確な覇気が宿っている。片眼に残った傷を見るに、元冒険者の方とかだろうか。
「この街で長い事冒険者の卵を見てきたが、これほどまでに無垢な冒険者というのも珍しい。大半は冒険者の現実を知ったうえで、あるいはそれに憧れて、何かの野心を持ってこの世界に飛び込んでくるものだからな。……ここまで純粋な者に出会う日が来るとは思わんかった」
…………まあ、成り行きで冒険者になったようなものだからな。そこに明確な目標なんてなかったし、冒険者に関するいろんな事情を知らないのもまた事実だ。そこら辺を見抜いて言っているなら、この人の観察眼は人並み外れているということになるわけだが――
そんなことを考えている俺をよそに、参加者が何やらざわめいている。その中心は俺というより、今しがた発言したおじいさんに向けられているようだった。
「あの偏屈な爺さんが……」
「あの人が素直に感心しているところ、初めて見る気がするわ……」
「まったくだ、というか生きてる間に見ることなんざないと思ってたぜ……」
散々な言われようをしているが、どうもこの街では一目置かれている存在なのは確からしい。そんなおじいさんはというと、そのざわめきに動じる様子もなくこちらをまっすぐに見つめている。そして、ゆっくりと口を開いて――
「……だからこそ、お前さんに聞きたい。……お前さんが目指す冒険者像は、どこにある?」
――見るからに重要そうな質問を、重々しくこちらに投げかけてきたのだった。
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――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!