第二百七話『広告塔……?』
「冒険者、懇親会……?」
「ああ、そう言えばもうそんな季節だったっけ。最近忙しくてすっかり忘れてたわ」
「ボクの店も毎年屋台を出していたっけな。まさか冒険者として関わる日が来るとは思わなかった」
聞きなれない単語にとっさに図鑑を取り出した俺の隣で、幼いころからカガネで過ごしてきた二人が感慨深そうにうなずく。そんなにポピュラーなものなのかと目次を追ってみると、『街の催し物』というジャンルのページの先頭にそれは見つかった。
『冒険者懇親会』というのは、ギルドが主催して行うちょっとした祭りのようなものらしい。もちろん日本のように神輿が出たりするわけではないが、冒険者が中心になって設営される屋台は毎回人でにぎわうそうだ。
なんでも毎回主体となっているパーティがいるらしく、そこをリーダーとして運営するのが最近のしきたりらしいのだが――
「そのパーティが『レベルアップをしたい』ってことで他の街に拠点を移してしまいまして。それで次の中心パーティを探すべく、武器鍛冶協会までもが動員されて街を駆けずり回っているのですが――」
「ボクたちのもとにまで話が回って来るなんて、かなり苦戦していると見えるね。ボクたちのことをよく知らない冒険者もいるだろうし、かなり荷が重い仕事に思えるんだけど」
「そうね……冒険者として駆け出しのあたしたちには向かないわよ」
「……いや、そうでもないんですよ、これが」
やんわりと断りを入れようとした二人の言葉を、ゆるゆると首を振るクレンさんの言葉が否定した。それに二人が目を見開くと、クレンさんが少し自慢げに続ける。
「ネリン様はこの街の冒険者で知らない人はいないほどですし、アリシア様も冒険者御用達の総合商店の看板娘でいらっしゃる。ヒロト様も黒髪黒目の少年として認知されていますし、ミズネ様のことも『この街に最近美人なエルフが来た』という噂が立っているほどです。……皆様が思っている以上に、皆様は有名人でいらっしゃるんですよ」
「……そう言われてみると、このパーティって個性の寄せ集めというか、闇鍋みたいな感じよね……」
「真偽はともかく、人の好奇心をくすぐるパーティなのは間違いないね。少なくともボクが傍観者側だったらそのパーティを一目見たいと思うだろうし」
「噂の真偽はともかく、だな。…………美人という点は、広まっていないことを信じたいが」
美人だといわれることには慣れていないのか、少しムズムズしながらミズネは咳ばらいを一つ。客観的に見れば美人だと思うのだが、そういう経験にはどうやら疎いらしかった。
「……アンタの言う通り、このパーティにある程度の知名度があることは分かったわ。それでも、パーティをまとめ上げることとは別なんじゃないの?」
「それは否定できませんが……今の私たちに必要なのは大きな旗印です。そこにあなたたちが収まってくれれば、ある程度の団結は期待できるのでね」
「つまりは広告塔、と。それならば知名度のあるボクたちは適任だね。人を集めるためのきっかけになりつつ、より有用な意見を集めるために人脈を活用する。ボクたちができることというと――それくらい、ということになるのかな」
クレンさんの意見を聞きながら、アリシアがそれをより具体的なものへと昇華させていく。そうして出来上がった俺たちの立ち位置は、確かに俺たちにふさわしいものに思えた。
「言うなれば宣伝大使みたいなもんか……」
「宣伝大使……いいですね、その言葉。公式の立ち位置としていただいてもいいですか?」
何気なく呟いた俺の言葉に、クレンさんが目を輝かせて食いつく。どうやらこの言葉は未だこの世界にはなかったものらしい。……まあ、日本と違って全世界に何かを発信するという手段が乏しい事を考えると仕方ない事にも思えるな……。
「宣伝ならあたしたちの得意分野かもね。……この話、あたしは受けてもいいと思うわ」
「ボクも同感だね。人を束ねるところまでが仕事ならば、ボクらより向いている宣伝担当はこの街にいないだろう」
「私も別に構わないぞ。この街には世話になっているからな」
「三人がそういうなら、俺も異論はねえよ。……それに、少し楽しそうだからな」
「皆様ならそう言ってくださると信じていました。差し当たっては、また明日、事務所で本格的な説明をさせていただきますね。……それと、もう一つお願いしたいことがあるのですが――」
「……え、何……?」
俺たちの承諾に安心したようにうなずいたのもつかの間、クレンさんの表情が引き締まる。まだ頼み事には続きがあったのかと、俺たちが息を呑んでいると――
「…………スープ、お替りいただけますか?」
満足そうな表情で皿を差し出すクレンさんののんきさに、俺たちは思わず床に崩れ落ちた。
屋敷探索と今回の頼みごとの間にもいろいろな出来事があったのですが、そちらも番外編としていつか書いていけたらなと考えています!街になじんだ四人はどう宣伝大使という役目を果たしに行くのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!