第百九十七話『定番の隠し方』
「アリシア待てって……って足速いな⁉」
書斎にかけていくアリシアの背中を俺とネリンは追いかけているわけだが、階段に向かって一目散に駆けていくその足取りに俺たちは全く追いつけない。たしかアイツ、冒険者的な事は何もしてないとか言ってなかったっけか……?
「アイツは無駄にハイスペックなのよ。運動にしても魔術にしても、もちろん知識面にしても。普段は使う必要がないから隠してるだけで、アイツは基本的にあたしたちの上位互換ともいえるわね」
「そう聞くと、アイツがコンビニの一店員であることがもったいねえな……‼」
俺とアリシア、どちらが主人公っぽいかで言われたら明らかにアリシアだろう。能ある鷹は爪を隠す――とはまた違う気もするが、アリシアのそのスペックは素直に羨ましかった。
「これは雰囲気のある部屋だねえ。隠し部屋への通路を繋げるのにここまで適した部屋もないだろうさ」
「……いや、お前なんで息切れてねえんだよ……?」
結局、俺たちが追いついたときにはもう書斎の前だった。その扉を見つめてのんきに品評なんてかましているが、疲れた様子が微塵もないのが個人的には一番驚異的だった。家の中とは言え、階段含めて俺たちのほぼ全力疾走並みのスピードで動いてたんだぞ……?
「おや、二人ともやっと来たのか。危うく一人で書斎に踏み込んでしまうところだったよ」
「……それをしなかったことだけは、評価してあげるわよ」
もはや突っ込みを入れる気すら起きないのか、どこまでもマイペースなアリシアにネリンはため息を一つ。まあ、何があるか分からないところに踏み込んでいかないだけの自制があればマシか……?
「そうだぞ、立場が立場ならボクは一人で向かっていただろう。ここにきてさらにもう一人待たなければいけないことに少しばかりげんなりしているくらいなのだからね」
「それは大丈夫だろ。ミズネの魔法なら部屋の壁一枚ぶち抜くくらい訳ないし」
「周囲とかに気を使って音なしでやってるんでしょうね……容易に想像できるわ」
「……ミズネさんと言ったか。あの人が実力者なのは、確かなようだね」
壁を凍り付かせてからゆっくり砕けばいいだろうし、それをしているミズネの姿は俺にも想像がついた。ミズネの口ぶりから思うに、多分ミズネからしたら壁抜きなんて準備運動にもならないような気さえする。俺たちの口ぶりに珍しくアリシアが苦笑していたが、それが俺たちから見たミズネ像なんだから仕方のない話だった。
「まあ、そういうことなら大丈夫だろう。隠し通路を探しだして、ミズネさんの合流を待つとしようか
」
気を取り直したようにそう言って、アリシアは書斎の扉を押し開ける。重要な部屋だというのに足を踏み入れたことのなかったその部屋に、俺は一番後ろから恐る恐る入っていって――
「…………すっげえな、これ」
規模は小さいが、蔵書の量は桁外れに多い。俺がいつも通っていた図書館よりも密度は高く、何なら同じくらいの量が入っているかもしれなかった。
「そうだねえ。まさかここまでの蔵書がこの街に残されているとは……時間さえあるならば読みつくしてしまいたいくらいだ」
「やめときなさい。アンタがいくら速読でも人生の半分くらいは棒に振ることになるだろうから」
目を輝かせるアリシアに、ネリンがちくりと釘を刺す。人生の半分というのは流石に誇張された節があるが、ジャンルの広さを思えばそれももしかしたらあり得るかもしれないと思わせるくらいにはたっぷりと本が貯蔵されていた。
「分かっているさ。今私たちが見つけるべきは隠し通路、そして書斎にある隠し通路というのには、様式美というのが昔からあってね」
あちこちに配られていた視線をまっすぐ向けると、アリシアは壁に沿って歩き出す。それを見るだけで、俺にも何を探しているのか理解できた。
「ま、確かにそれは定番だよな。百五十年前からあるかはともかくとしても――」
書斎に何かあるとして、それは本棚の後ろ以外にあり得ないだろう。そんな不思議な確信とともに、壁沿いをまっすぐと歩いていくと――
「……案の定、だな」
「そうだねえ……冒険の定番は、百五十年前からも有用だったということか」
「……二人がさっきから言ってる定番とやら、あたしは全く分からないけどね……?」
本棚と本棚の間にある不自然な隙間を見つけて、俺とアリシアはまじまじとそれを見つめる。その後ろでネリンが怪訝そうな目で俺たちを見つめていたが、ここに何もなかったら流石に嘘だろう。
「さて、どこにあるやら……と」
「これだろうね。いかにも開けてくださいと言いたげな切れ目だ」
普段なら本棚の下にあるだろう床のところに、まるで後付けでははめ込まれたような四角形の切れ目がある。ちょうど人一人くらいの幅のそれを、どうにかこうにか外せないかと悪戦苦闘していると――
「い、け、たあ!」
「…………ほう?私たちの推測は、間違っていなかったようだね」
どうにか引っこ抜くような形で外した床の先にある物に、アリシアが目を輝かせる。痛めた背中をさすりながら、俺もその視線の先をたどると――
「……確かに、コイツは大当たりみたいだな」
ぽっかりと空いた空間に取り付けられていたのは、いかにもと言った感じの古びた梯子だった。
ということで、次回からついに地下室に踏み込んでいきます!ここまでの探索の末たどり着いた場所には何が待っているのか、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!