第百九十五話『連絡室は避けられない』
「連絡室の鍵って……これよね。そう言えば、ここまで何も出番がなかったけど……」
ミズネの声に応え、戸惑いながらもネリンが薄青色のカードキーを取り出す。それを受け取ると、ミズネはほうっと息をついた。
「全てはこの時のために、と言った感じだな。この鍵が見つかってなかったら、私たちはこれを血眼になって探さなければいけないところだった」
「うわ、想像したくねえ……」
たまたま見つけられたからいいものの、トランプぐらいのサイズしかない一枚のカードキーを探すのは中々に無理難題だ。今までは宙ぶらりんになってしまっていた存在だが、ここにきて文字通りのキーカードに大出世を果たしたようだった。
「さて、行こうか。連絡室に行けば、私の推論もさらに裏付けが取れるはずだからな」
そう言って、ミズネはすたすたと模型部屋から出ようと歩き出す。それに遅れないように俺たちも外へと向かうと、おもむろに屋敷の奥へと迷いなく歩き出した。
「……ミズネ、連絡室の場所分かってるのか?」
「大体は、な。オーウェンの私物から、ある程度推測はできた」
「……ミズネ、お前まさか徹夜じゃないよな……?」
そう言えば、ネリン家の宿に向かうミズネは薄いノートも何冊か携えていた気がする。とはいえ、一晩でコイツどれだけの情報を集めてきてるんだ……? もちろんすごいと思う気持ちはあるが、それよりも先に俺の中に浮かんできたのは戸惑いと心配だった。
「安心してくれ、眠気を感じなくなる程度には寝ているさ。それで次の日の探索に支障が出るんでは元も子もないからな」
「『眠気を感じなくなる程度』ってのが、あたしとしてはかなり不穏なんだけどね……」
腕をぐるぐるとまわして見せるミズネに、ネリンが苦笑を浮かべる。俺たちよりよっぽど年上だしセルフコントロールの術も心得ているんだろうが、それでも心配なものは心配だった。
「この探索が終わったらしばらくゆっくりしような……ここに来るまでいろんなことがありすぎた」
「それは同感かも……パパとママの知らない景色を目指すとは言え、序盤から飛ばし過ぎなのよ」
思わずこぼれた言葉に、ネリンが首をぶんぶんと縦に振りながら同調する。もしや俺だけがこの時間の流れ方を忙しく思っていたのではないかと少し疑っていたが、どうもそういうことはなさそうで一安心だな……。
ミズネと出会って迷いの森へ向かい、そこからエルフの里の観光を挟んでバロメルの遺跡探索、それから戻ったらクレンさんからのクエスト依頼。それが落ち着いて家を手に入れようと思ったら、そこには飛び切りの謎が残されていると続くんだからな。ここまで約一週間。これ以上の密度の日々はこの先ないだろうし、何ならあってほしくない。
……まあ、いざこの屋敷の謎が解き明かされようとしているのをどこか寂しく感じている自分もいないわけではないのだが――
「……連絡室はこの先だな。具体的にどこかとは分からなかったから、ここからは人海戦術を取らざるを得ないが……」
「四人でこの広さなら、三分ですべての部屋をチラ見することくらいはできそうだねえ。ここまで絞り込んでくれただけでも調査の成果としては十分さ」
そんなことを思いながらミズネの背を追っていると、気が付けば俺たちはキャンバリーの居室があった区画へとたどり着いていた。アリシア曰く『本来ならば客室があるはずの位置』に作られたこの区画は俺たちからしても調査対象だったわけだし、客人に見られたくない何かがあったというその推測もあながち間違っていないようだ。
「全ての部屋に鍵がかかってるわけでもないし、探せばすぐに見つかるでしょ。……ほら、あそことか」
ぐるりと目線を向けていたネリンが、手分けするまでもなく鍵のかかった部屋を見つけ出す。廊下の手前側とも奥側とも何とも言えない位置に配置されたそのドアは、俺たちみたいに注視でもしなければ鍵付きである事にも気づけないだろう。言い方は悪いが、そのドアにはとんでもなく存在感がなかった。
「見つけられたくない……というか注目されたくない部屋のドアなら、それでもいいんだろうけど……」
「そもそもここを目的としている人にはカムフラージュとしての意味をなしていないな……まあ、ボクたちのような存在を想定している方がおかしいんだけどね」
まさかこの屋敷の謎を解き明かそうとする輩がいるなんて思うまいよ、とアリシアが苦笑を一つ。そこまで読み切られていたら狂気の天才という称号がますますオーウェンにお似合いになるし、探索がもっと困難になるからそれでよかったんだけどな。
「見つかったならそれ以上言うことはないさ。……それでは、真相への扉をまた一つ開くとしよう」
ネリンから預かったカードキーをかざすと、ガチャリとロックが外れる音が廊下に響き渡る。それを待ってドアを押し開けると、そこに広がっていたのは――
「……すっげ」
「ほう、これは想像以上だねえ」
「…………これ、キャンバリーが作ったやつなの……?」
遺跡で見たような半透明の画面が三枚、その下には操作機器らしきコンソールが一つ。連絡室というよりは司令室と呼んだ方が適切な光景に、俺は絶句し、アリシアは笑い、ネリンは息を呑んだ。
「連絡室というのは昔の文化であり、それと同時に大きな施設においては魔術システムを統括する意味合いもあった。波風が立たないように連絡室という体裁ではあるが、それよりも今言った役割の方が大きいだろうな」
「そう聞くと、ここにボクたちを連れてきた意味も分かるってものだね。さっき言っていた地下への道という言葉にも説明がつく」
「察しが速くて助かるよ。この屋敷の謎をすべて解決するには、どうしてもこの部屋を避けては通れないからな」
顎に手を当てながらのアリシアの言葉に、ミズネは感心したように笑う。そして、コンソールに向かって一歩歩み寄り、手を掲げると――
「さて、ここからが本当の最終局面だ。地下室への道を、今開くとしよう」
高らかにそう宣言して、人差し指をボタンにバチンと叩きつけた。
とうとう謎の核心へと四人は迫っていきます!開かれた地下室には何があるのか、そして長きにわたる探索はどこに収束するのか、次回以降もお楽しみに!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!