第百九十四話『理論的な力業』
「…………それ、冗談とかじゃないわよね? なんというか、あたしの思ってもみなかった方向からのアプローチが飛んで来たんだけど」
「ボクもそれには同感だね。ここまでの理詰めがまるで嘘のような力業……いや、それはそれで興味深くはあるがね」
ミズネの発言にあっけにとられたのは俺だけではないらしく、何なら全員がミズネに向かって怪訝な眼を向けている。もしや徹夜でもしていたんじゃなかろうかと、ミズネの体調すら俺は心配になりつつあったが――
「いや、大真面目な話だ。この結界は、そうしてやるだけで実質的に機能停止するんだからな」
「……本気で、それが答えだっていうの?」
「ああ。……最初から、順序だてて説明しよう」
それができるなら最初からしてくれと言いたいところだが、探偵役としてつかみは大事だからその指摘は胸の奥にしまっておくことにしよう。俺たちの疑いの視線が少し緩んだのを確認するようにして、ミズネは軽く息をついた。
「まずこの結界はだな、一部屋一部屋を個別で認識しているんだ。応接室なら応接室、客室なら客室といった具合にな。状態を戻す時も、屋敷の中をいっぺんにやるんではなく一部屋ずつ順序だててスキャンしながら元に戻していくシステムらしい」
「思った以上に地道なプロセスを踏んでいるんだねえ……で、それとさっきの対策がどうかかわって来るんだい?」
「そう、そこが肝要なんだ。この屋敷のスキャンは一部屋一部屋を対象に行われるといったな?つまり、部屋の形は変わらない物として認識しているんだ。そこが変わってしまうと、スキャンの術式がエラーを起こしてしまう……簡単に言えば、そこで機能停止して術式を緊急停止してしまうらしいんだ」
「エラー……? そんな単純なことで止まっちゃうの、欠陥としか言いようが……あ」
ないじゃないと言おうとしたネリンの口が、何かに気づいたように止まる。それの意味は、俺にもはっきりと分かった。
「そう、それがこの結界の欠陥なんだ。この術式は枠組みの中の環境を忠実に再現し続けることができるが、枠組み自体が破壊されることには致命的に弱い。それをされた瞬間、術式が実行不可能に陥ってしまうんだからな」
「枠組み……そう聞くと、この街の区画分けが思い浮かぶねえ」
「区画分け……? そう言えば、この街って……」
アリシアの呟きに、俺はとっさに図鑑を取り出す。俺の記憶はおそらく間違ってはいないが、それでも正しい情報で確認するに限るからな。
目次を目で追い、カガネの鳥観図が書かれているページを探し出す。その図を見て、俺は自分の気づきが間違っていないことを確信した。
「ギルドから東西南北に大通りが伸びて、それが商業区画などの区切りにもなっている……これ、オーウェンがやろうとしたことの名残だってことか?」
「よく気が付いたな。私もそう推察していたところだ」
「とっさの閃きにも補完材料を用意できるのか……その書類、興味深いね」
俺の言葉にミズネは満足そうにうなずき、アリシアは図鑑に興味津々な様子だ。そう言えば、アリシアには俺の境遇とか話してなかったけな……
「そんなわけで、この結界術において枠組みというのがとても重要なのは分かってくれたと思う。……それを思うと、この壊れかけの模型にも説明がつくんだ」
「枠組みの形が変わっちゃったから、取り壊さざるを得なかった、とか……?」
「それも可能性の一つとしてはあるな。大通りにあれだけ店がぎっしり並んでいるのは枠組みをさらに明確にしようとした名残と推察できるし、この模型が原形をとどめているのはギルド付近だけだ」
「ということは、途中で大きな町のデザイン変更でも起こったんだろうね。核となる店ができなかったとか、賛同者が思ったよりも集まらなかったとか、可能性はいろいろと考えられるが――」
「そこを考えてもキリがないな。……だが、術式の欠陥に関連して模型を作り直さざるを得ない状況に追い込まれたというの確かだろう」
いろいろな不可解が、一つのピースをはめるだけで一気に完成へと向かっていく。その爽快感は、今までの探索と比較しても全く劣らなかった。
「まさかこの街の作りまでもが関係してくるとはね……壮大な謎って言っても限度があるでしょ」
「そうだな。だけど、それも結界を無効化すれば全部終わりだ。そうすれば、晴れてこの家は――」
「……いやヒロト、それは違うぞ」
俺たちのものだ、と言おうとした俺を、ミズネが申し訳なさそうに引き留める。そして、ある一冊のノートを取り出すと――
「……地下からの異音に関しては、結界と直接関係しないものである可能性が高い。……どちらにせよ、私たちは地下室―—いや、研究室を探し出さないといけないんだ」
「……え?」
いやいや、そこは結界が無効化されてハッピーエンドでいいだろう。この屋敷の二つの謎が別件だったとは、到底想像したくもないのだが――
「完全に無関係という訳ではないのだがな。ただ、あの結界が引き起こすリセットと異音は無関係ってだけだ」
「そう言えば、地下からの異音は足音みたいな感じだったわよね……それなら、確かに説明がつかないかも」
ものが戻る音ならまだしも、確かに人の足音は不自然としか言いようがない。俺たちの探索は、もう少しだけ続くことが確定したようだった。
「……とりあえず、地下室を目指さなきゃいけないことは分かった。それじゃあ、その手掛かりはどこで見つければいいんだ?」
「安心しろ、それについてはもう見つけてある。差し当たって――」
俺の質問に、ミズネは誇らしげに胸を張る。そして、ネリンに向かって真っすぐ歩み寄り、肩に手を置くと、にやりと笑顔を浮かべてみせた。
「ようやく鍵の出番だ、ネリン。連絡室に、地下への手掛かりはある」
ということで、ついに空気だった鍵が日の目を見ることになります!ここからも展開は急加速していきますので、これからもお楽しみにしていていただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!