第百九十一話『生まれた矛盾』
「欠陥……か。確かにそれがあるなら、おばあちゃんの研究も頷けるねえ」
「それが仮にあの部屋にあったとして、オーウェンがそれを他の人に教えるとは思えないからな。ヒロトたちの報告を聞く限り、オーウェンはそういう人物だ」
理想におぼれたが故に孤独になった存在―—どうもミズネの中でオーウェンという人間はそういうふうに再認識されたらしい。そのことを考えると、ミズネの仮定も確かに納得のいくものに思えた。
「娘が物心つく前には家を出ているから、本人もあの書庫には踏み入れなかった――そう考えると、研究があそこまでなされたのも理解できる話になるわね。最初から弱点が分かってるなら、そこだけを狙い撃ちで調べればいいだけだし」
「天才の残した術式のヒントを、わずかな手掛かりだけで探すってことか……そりゃあんな資料の山にもなるわけだな」
小さな部屋の天井にまで届かんとしていた本棚の数々を思い返して、俺は深く息をつく。もしあれでも、研究の量が足りなかったのだとしたら――なんて、野暮な考えを俺は必死に脳の隅っこへと追いやっていた。
「天才の子供が天才とは限らない、ということなのかねえ。オーウェンに助力を求められている以上、少なくとも人並み以上の実力はあると考えられるわけだが」
「どうかしらね……何を買っての助力かは、生憎わからずじまいだったし」
日記を細かく書き留めていたキャンバリーと違い、あの隠し書庫から日記らしき記述を見つけることはできなかった。正確に言えばそれらしいものはあったのだが、それも今回の問題に関係があるかと聞かれれば微妙なところだ。
「身内だから、という観点だけでおばあちゃんに助力が求められていた場合、少しばかりややこしいことになるねえ。あそこまでの執念を見せている研究者がそこで妥協するとは考えにくいが、固定観念は間違いを招きかねない」
「ここにきて読み違えるのは御免だからな……。少しでも多くの可能性を検討しなくては」
机の上に雑然と並べられた資料とにらめっこしながら、ミズネたちは首をひねる。そんな中で俺は葉と言えば、今までの事実を頭の中でもう一度並べ直していた。
理想を言えば俺もミズネたちに混ざって資料を基に考えるべきなんだろうが、俺にその方面の才能はない。高校生に大学レベルかそれ以上の論文を読ませたところで、出てくるのは『よくわからん』という一言だけである。それならば、皆が拾い忘れた観点はないか検討する方がよっぽど建設的だろう。餅は餅屋、っていうくらいだしな。
今までに巡ってきた部屋、見てきたものを統べて振り返って、記憶の中の各部屋と新しく出てきた情報をすり合わせる。百八十度変わったオーウェンへの評価とともに再検討を進めていると、ある一つの疑問が頭に浮かんできた。
「……あの部屋の模型、なんで完成してなかったんだろうな……?」
それは、本当にふとした疑問だった。あれだけの執念を持っているオーウェンが、何も魔力がこもってないとはいえ作りかけの模型をそのままで放っておくのか……?ってくらいのほんの思い付き。少なくとも、俺の中ではそうだったのだが――
「……ヒロト、今の疑問、もう一回教えてくれないか?」
「ボクからもお願いするよ。どうしてそう考えたのか、非常に興味深くてね」
ふと気が付けば、ミズネとアリシアが身を乗り出すようにして俺の方を見ていた。その食いつきようと言えば、まるで獲物を見つけた肉食獣の様だった。
「いや、どうしてオーウェンがあの部屋にある模型をほっといたままにしたのかなー、って。結界ができる前にあって組み立てても組み立てても戻されてるんだって可能性も考えたけど、それだと時系列がおかしいだろ?」
キャンバリーの日記をもとに考えるなら、オーウェンはこの屋敷に貼られた結界を見て街づくりの夢に結界術を取り入れたいと画策し始めたはずなのだ。そうなれば、先に組まれていてリセットの対象となったという仮説は音を立てて崩壊する。どう考えても、あの模型には裏があるはずなのだ。
「そう言われれば、だな……キャンバリーを元凶とみていたころには何とも思わなかった光景だが、そう考えると確かにおかしい。本命の部品を使って組み立てをするにしても、その前の仮組みをしておきたいのは事実だしな」
「確かに興味深いねえ。結界の脆弱性とかかわりは薄そうだが、それもまた避けては通れない問題だろう」
「……そうだよな。入らない話で横槍入れちまってごめん」
「いや、謝る事ではないさ。ボクたちにはない視点から、新たな違和感を見つけ出すことができたのだからね」
アリシアはそうフォローしてくれるが、二人の思考を俺の疑問がぶつ切りにしてしまったのは事実だ。どうにかその埋め合わせができないかと、俺がまた必死に記憶を掘り返していると――
「…………その決めつけは、早いかもしれないぞ」
パラパラと資料を走り読みしていたミズネが、弾かれたように顔を上げた。そして頭を抱える俺を見つめると、その華奢な掌が俺の頭の上に置かれた。
「大手柄だ、ヒロト。……この考え方は、ヒロトの疑問なしでは思いつけなかった」
「え、え……?」
どうやら撫でられているらしいという理解がかなり遅れてやってきた俺をよそに、テンションが昂ってきたらしいミズネがついにはソファーから立ち上がる。そして、視線をドアの外に向けると――
「……皆、あの模型の部屋に行こう。私の仮説は、そこじゃないと証明できないのでな」
そう提案するミズネの目は、確かに俺たちに見えないものを見通しているようだった。
そろそろ結界術式の全容も明かされるかなと思います!この屋敷を幽霊屋敷たらしめた要因の半分にはいったいどんな秘密が隠されていたのか、次回以降も楽しみにお待ちいただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!