第百九十話『無意識の偏り』
「なるほどな……時系列の反転は、確かに想定していなかった。オーウェンの名を聞かないのも、完成せずに終わった孤独な研究だったからなのだな」
屋敷を調査していた俺たちの事情をざっくりと説明すると、やられたといわんばかりにミズネは頭を抱える。今まで検討もしてこなかった発想に、どうも相当ショックを受けているようだった。
ミズネの行動は全てキャンバリーが元凶であるという前提のもとに成立してるわけだから、この考えによってミズネの調べたことが全て水泡に帰す可能性だってある。もう少し早く気が付けていればというのが本音だが、それは言っても仕方のない話だった。
「キャンバリーの評価が悪者寄りで固まってたのが問題だったわね……エイスさんの話を聞く限り、エルフの里では相当なヒールだし」
「カリスマがあったってのもまた確かではあるんだろうけどな……エルフの里をもっと開かれたものにするっていうのも、言ってしまえばエルフたちのことを考えたうえでの目的だったわけで」
エイスさんが居なければキャンバリーという存在を知ることができなかったのは確かだが、それと同時にエイスさんは今回の問題をかなりかき回した存在と言ってもいいだろう。俺たちのキャンバリーへの評価は、エイスさんから聞いた話をもとに形成されているのだから。
ミズネが立てた『キャンバリーはヒントだけをオーウェンに与えてどこかへ去った』というのも、言ってしまえばキャンバリーへの悪印象が生んだミスリードと言えるかもしれない。仮説自体はおおかた間違っていないが、原因はむしろオーウェンの方にあるのだから。
「当事者同士だから仕方ないんだが、長老の話には主観が大いに紛れ込んでいたからな……それを排除してもう少しフラットに見ていれば、この考え方にもたどり着けただろうに」
いつまでたっても子供のようなお方だ、とミズネはこめかみを抑える。見た目はまるっきり子供なんだから子供っぽくいてくれた方が自然ではあるのだが、今回ばかりはそれが裏目に出た形だった。
「キャンバリー・エルセリア―ーボクのひいおばあちゃんは随分疎まれていたんだねえ。興味深いからつい手を止めて聞いてしまったよ」
そんな俺たちに割り込むようにして、アリシアが話に入り込んでいる。生まれつきの才能なのか、調査開始から少しもしない間にアリシアは俺たちのパーティにもうすっかり溶け込んでいるように思えた。
「……ま、一部の人からは好かれてたらしいけどね。その当時絶対的だった掟に背いたんだし、多少は煙たがられても仕方ないでしょ」
アリシアの前でキャンバリーのことを悪く言うべきではなかったかと身構える俺とミズネをよそに、ネリンはあっけらかんとそう評して見せる。そんなにズバッと切り込んでよかったのかという俺の懸念は、アリシアの笑い声に否定された。
「あははっ、違いないね! 今まで聞く限り、どうもひいおばあちゃんは随分な頑固者の様だ!」
「あたしたちも同じ評価よ。……まるでアンタみたい、ってあたしは付け加えるけど」
飽くなき未知への探求心は、確かに確固たる意志の表れと言ってもよいだろう。いつにもまして歯に衣着せぬネリンの物言いに、アリシアはどこか感慨深そうにその眼を見つめた。
「そうだね。……ボクの頑固さは、どうも隔世遺伝によるものだったらしい」
「アンタの方が柔軟ではあるかもしれないけどね。長い年月をかけて、少しは薄まったんじゃない?」
「薄まってこれというのなら、中々にボクも業が深くないかい?」
「あら、今更自覚したの?」
むしろ今まで気が付いていなかったのか、と。
そう言いたげな視線にアリシアは苦笑すると、手に持っていたノートをぎゅっと抱え込んだ。
「ボクみたいなのが、はるか昔にもいた。そう考えるだけで、少しは気が楽になるものだよ。いくら自分が人とはどこかずれてることを自覚していても、一人だと自覚するのは中々に気が滅入る物だからね」
「アリシア……」
「もっとも、それもどこかの誰かさんが紛らわしてくれていたわけだが。……それはそれとして、今回の発見は嬉しいんだよ」
「……ま、それならあたしもアンタのところに報告しに来たかいがあったわ。あたしたちの調査のせいでアンタが傷ついたって聞いたら、少しは罪悪感あるし」
ネリンの存在をあえてぼかしたのは、果たして遊び心なのか照れ隠しなのか。どちらでもアリシアらしい気がするし、きっと二人にとってはどうでもいい事なのだろう。それくらい、この二人の関係性は強固なものに見えた。
「さて、ネリンが言っていたひいおばあちゃんの孤独に裏打ちができたところで、次はミズネの事情を聴くとしようか。ネリンから聞いたところ、どうも別行動をしていたのだろう?」
「ああ。仮定が間違っていたのは反省しなければならないが、それはそれとして有用な情報は読み取ってきたつもりだ」
そう前置きながら、ミズネはアイテムボックスから論文を取りだす。付箋らしきものがペタペタと張り付けられたそれを抱えて、ネリンは不敵に笑うと――
「論文を読んでいるうちに、『術式の欠点』という項目が見つかってな。……どうもキャンバリーの結界術には、重大な欠陥が残されていたらしい」
―—その情報は、今までで一番はっきりと見えた攻略への希望に思えた。
ここからは怒涛の解決編です! 足りなかったピースが次々とはまっていきますので、その様を楽しみにお待ちいただければなと思います! もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!