第百八十八話『そこに『ない』理由』
「……へえ、やっぱり中は豪華だねえ。これを見れただけでも、正直キミたちに協力した甲斐があるというものだよ」
玄関の大扉を開けた先のエントランスがアリシアの目に移った瞬間、飛び出したのはそんな歓声だった。
「こういうのは見た目だけで中身は雑だったりする屋敷も多いのだがね。その手抜きがされていないあたり、この屋敷はただ権威を示したいだけがために作られた張りぼてではないと見える」
「そうでしょうね……大部屋見ただけでも、その線は否定していいって断言できるわよ」
楽しそうにきょろきょろと視線を向けているアリシアに苦笑しつつ、ネリンがそういうふうに付け足す。この屋敷がただ領主の権威を示すためのものではないというのは、ここまで踏み込んでしまった以上もはや疑いようのない事実だった。
「そうだ、これ屋敷の大まかな間取り図な。どこがどんな部屋かとかは、書かれてねえんだけど」
「それくらいで十分さ。そこは自分の足で確認してこそ価値のある物だからね」
図鑑からコピーしてきた屋敷の間取り図を手渡すと、アリシアの視線が食い入るようにそこに集中される。単純な屋敷の間取り図に何を見出そうとしているのかは、俺には少し想像がつかなかったが――
「面白い……というか、ここは変わった作りなんだねえ。客室のような小部屋なんてこんな手前に作る物ではないだろうに」
「客室……?この地図には、どこがそうとか書かれてないだろ?」
「書かれていなくても推測はできるさ。同じような大きさの部屋が十部屋単位で並んでいるところを探せば、大体のあたりを付けることくらいはできる。……ただ、そうなると別で不思議なことが生まれてきてね」
「不思議な、こと……?」
なんでもない事のように、アリシアはこの屋敷の作りを推理して見せる。そして新たに示された疑問点の存在に俺たちが首をひねっていると、アリシアが続きを話し出した。
「普通そういうのは奥に作るのが一般的だろう?宿の受付と部屋の間には少し距離があるのと似たようなものさ」
例えばここら辺とかが妥当だろうね――と、そんなことをいいながら指さしたのはキャンバリーの私室を見つけたあたりだった。
「ここなら宿泊者が一堂に会して食事をとれる広い空間が近いし、部屋の数も十分に取れるから客人を一か所にまとめやすい。だというのに、この廊下に沿って作られている部屋の大きさはまちまちだ。よって、この部屋は客室ではなく別の用途に作られているものとみていいだろうね。なんせお客様によって対応に格差があってはいけないのだから」
「料金を払っているならまだしも、こちらが招いたお客様に対しての待遇が違ってちゃいけないものね……確かにそれは納得だわ」
アリシアの推測に、ネリンが力強く肯定を返す。さすがは宿屋の娘というべきか、客人に対する待遇についてはしっかりとした考え方が根底にあるようだった。
「確かに、あるべき場所に客室が配置されてねえのは気になるけど……それが、どうして面白い作りってことになるんだ?」
これだけならまだ設計ミスって可能性もありうるし、実際ここは計画のために急ピッチで作られたものとみていいだろう。それならば、少しの違和感はあれどそれ以上のものにはつながらない気がするのだが――
「本来あるべきところにあるはずの部屋がなく、不自然な場所に存在している。そういう時に考えるべきは、『どうしてそこにあるのか』じゃない。『どうしてあるべき場所に配置できなかったか』で考えると、一つ面白い考察ができるんだよ」
「……いまいち話が見えないわね。つまり、アンタには今何が見えてるわけ?」
「相変わらずせっかちだね、ネリンは。……それじゃあ、一つ質問をしよう。客室を奥に配置した場合、客人の行動範囲はどうなる?」
「どうなるって……そりゃ大きくなるんじゃない?奥の部屋まで移動しなくちゃいけない人だって出てくるだろうし」
「そうだね。……裏を返せば、客室を手前にすれば客人の行動範囲は狭めることができる。『ここから先には立ち入らないようにお願いします』なんて誰かに言わせておけば、侵入しようとする人もそう相違ないだろうしね」
「……つまり、オーウェンは客人を招かなくてはいけなかったが、その行動範囲は狭めておきたかった……?」
無意識のうちではあったが、俺たちも調査するにあたって奥の部屋たちはなんとなく後回しにしている節があった。それが、あの客室の配置の狙いなんだとしたら――
「そういうことになるね。……見られちゃ困る物、あるいは存在を勘付かれることすら避けたい何かがそこにあったと考えるのが妥当だと思わないかい?」
だからその位置に客室は配置できなかったんだよ――と。
自慢げに指を立てて語って見せるアリシアに、俺たちはただただ脱帽するしかない。少ない情報でここまでの推論を展開して見せるのだから、恐ろしいくらいの推理力だった。
「……ちなみに、この位置にはキャンバリーの私室……もっと言えば研究室があったのよね。だから、アンタの推論は大方間違ってないのかも」
「だろう?不自然な事には理由がある。……それがたとえ無意識の間に行われたものでも、その意図が見えればそれを逆手に取ることだって容易いのさ」
「……それは、つまり」
かなり遠回しな言い方だが、アリシアがどうしたいかは伝わってきた。オーウェンの意図を逆手に取る、ということは――
「本来なら客室があるべきだったこの場所を、徹底的に探索する。そうすれば、彼が隠したかったものが見つかるかもしれないからね」
地図を指さして強気に微笑むアリシアの瞳は、心底楽しそうな輝きを放っていた。
屋敷の謎をめぐる一連の冒険も大詰めが近づいてきています!いろんな人物を巻き込んだ子の探索劇がどんな真実を迎えるのか、楽しみにしていてください!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、高評価などぜひお願いします!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!