第百八十七話『芋づる式にここまで』
「同行……って、アンタ屋敷に来るつもり⁉」
「勿論だとも。それ以外に、この話し合いを丸く収める建設的な策があるかい?」
またしても目を見張るネリンに、何でもなさそうに返すアリシア。この二人が会話をすると、普段突飛な提案をしがちなネリンが振り回される構図ばかりになるのが印象的だった。ネリンは天然で、アリシアは計算ずくの上での提案だからその中身は全く違うといってもいいくらいだけどな。
「そうね……アリシアがついていてくれるなら、私の心配も少しは解決されるかもしれないわ。……なにせ、ネリンちゃんが一緒ですものね」
「まるでボク一人じゃ不安とでも言いたげだね、お母さん?」
リリィさんの言葉にアリシアは疑わしげな視線を向けているが、それに向けられるのは穏やかな微笑だけだ。和やかなその様子を見るに、アリシアの提案はリリィさんにとってありがたいものらしかった。
「リリィさんが大丈夫なら、あたしとしては止める理由もないけど……。屋敷に来たからってあまりはしゃぎすぎないでよ?」
「それは保証しかねるね。なにせ未知がたくさん眠る館に行くんだ、そんなところでボクがおとなしくしていられないのはキミが一番わかっているだろう?」
「……先に言っとくけど、必要以上に暴走したらあたしが止めるからね?」
「それで十分だとも。……この先のこともあるんだ、必要以上に調査に必要ない事をするつもりは元から無いさ」
「……この先の、こと?」
少し意味深なその言葉が妙に引っかかったが、アリシアがそれについてそれ以上言及することは無い。……まあ、ここまで来て俺たちに不都合な事をするつもりはないだろう……多分。
「そういうわけで、ボクはしばらく家を離れる。この事態の収束、お母さんの分まできっちり見届けてくるとするよ」
「ええ。すべて終わったら、お話を聞かせて頂戴な」
「勿論さ。……ボク達の今にもかかわることだからね」
視線を躱す母娘からは、いつにもまして真剣な空気が流れている。この問題に終始真剣なリリィさんはもちろんのこと、普段は飄々としているアリシアも同じ空気感で母親の思いに応えているのが印象的だった。
ずっと謎だった母親についての謎が解けるということもあって、確かにこの案件は重要な事なのだろう。俺たちの家探しから始まった調査は、思った以上にたくさんのものを巻き込んでいるようだった。
「エルフのしきたりとこの街の始まり、そんでもって混血のこと……ここまで大事になるとか思わなかったな」
「いわくつきの屋敷とは聞いてたけどね……あたしたちの周りにたまたま関係者がたくさんいたから解けたわけだけど、それ以上に色々ややこしくなったのは否めないかも」
その様子を見つめつつ、俺たちはしみじみとこぼす。これだけの大事になった元をたどれば安く家が欲しいという願望から始まったと知ったら、関係者はずっこけることになるんだろうな……
「ま、その時はあの家に皆を招いてパーティでも開けばいいんじゃない?あの……フェアリーカードだっけ?とか、あたしの料理とかで歓迎はできると思うし。エイスさんからしたら、キャンバリーの残した書物は見ておきたいかもしれないしね」
「それは名案かもな……招待状の準備しとかねえと」
ネリンの両親に、エイスさんとミズネの妹。それに加えて今まで知りあってきた人をみんな招いてもあの屋敷なら入りそうだし、それはいずれやりたいな……。
「それじゃ、あの家の謎を全部解き明かさなくちゃね。証拠を集めてはいるけど、具体的な事をしてるかと言われたらからっきしだし」
「そうだな。アリシアとミズネに頼ることになるだろうけど、俺たちも気張らねえとだ」
研究室だけじゃなく連絡室もまだ未探索だし、手掛かりが集まったとはいえ動かなきゃ謎は解けないからな。知識面で足りない分、そこをカバーするのが俺たちの役目だろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、リリィさんと話し終わったらしいアリシアがこちらに軽く手を挙げながら歩み寄ってきた。
「……二人とも、待たせたね。いきなりの話ですまないが、今から屋敷に案内してくれても構わないかな?」
「いいわよ。元からあたしたちもそうするつもりだったし」
「もう一回合流するってのも面倒だからな。調査は明日からになるだろうけど、空き部屋も多いし好きに使ってくれていいぞ」
帰ってきたミズネがどんな反応をするかだけが気になるが、初対面ってわけじゃないし説明すれば何とかなるだろう。混血の件については――少しだけ、驚くかもしれないが。
「それじゃ、さっそく出発しましょ。もう時間も遅いけど、まあ明るいところをたどれば大丈夫でしょうし」
「必要な書類も詰め終わった。外から持ち込んだものなら、結界術による干渉も受けないらしいからね」
屋敷で改めて精読しようじゃないか、と息巻くアリシア。その眼は、まるで新しいおもちゃを買い与えられた子ども化の様にキラキラと輝いていた。
「……それじゃあ、入り口まで案内するわね。……ヒロトさん、ネリンちゃん。娘を、どうかよろしくね」
「任せて、間違えかけたらあたしがしっかり引き戻すから!」
「微力ですが、やれるだけやってみます。……リリィさん、ありがとうございました」
にかっと笑うネリンの横で、俺は深く頭を下げる。それを見て、リリィさんは目を細めると――
「こちらこそ、ありがとう。……お土産話、楽しみにしているわ」
くるりと前を振り返って、リリィさんはゆっくりと歩き出す。後ろを追う俺たちにその表情は見えなかったが、声を聴けば微笑んでいるのは明らかだった。
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――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!