第百八十一話『間違わない理由』
「正しくーーって」
「リリィさん。あなたのお母さんが残したのって、一体……?」
突然明かされた未知の資料の存在に、俺たちは面食らうしかない。少し期待していた部分はないでもないが、それにしたって予想外にすんなりと出てきたことが意外だった。
「お母様の研究活動は、お祖母様と別れてから始まった……つまり、キャンバリー・エルセリアの魔法理論をお母様は直接引き継いだわけではないの。だから、お母様はオーウェンに隠れて独自の視点からお祖母様の魔法を研究していた。……それを、今は私が引き継いでいるの」
「つまりはハーフエルフの研究資料、と言うことか。……ボクとしても、そんなに興味深いものがこの家に眠っているとは予想外だねぇ」
まさかこんな形で知れるとは、とアリシアは真っ先に興味津々な様子を示す。徹頭徹尾いつも通りなアリシアだったが、今の俺たちにはそれがありがたかった。
「つまり、半分とはいえエルフの血を継いだ人の視点から見た結界術の研究ってことね……。でも、どうしてそれをオーウェンには共有しなかったの?」
研究は共同でしていたんでしょ?……と。
冷静さを少し取り戻したネリンがそう問いかけると、リリィさんは少し表情を曇らせた。……痛いところを突いてくるなと、そう言いたげだ。
「お母様からこの話を聞いたときにね、私もその質問をしたの。……それに対する返答は、今でも鮮明に覚えているわ」
「鮮明に……」
エルフの長命さが、ハーフやクォーターになってどれほど受け継がれているかは分からない。だが、リリィさんのその言葉には確かな重みがあった。
「そう、はっきりとーー『お父様の目は、何かに取り憑かれているかのようだったから』と、そう言っていたわ」
視線をピクリとも動かさず、俺たちをまっすぐ見つめて放たれたその言葉がとても重たい。オーウェンの狂気のかけらに触れてきている俺たちには、その事実がより現実味を持ってのしかかってきていた。
ーーだが、そのかけらを知らない人物が、一人だけいる。
「何かに取り憑かれた……ねぇ。あの屋敷が幽霊屋敷だと言う話も、いよいよ現実味を帯びてきたようだ」
黙りこくる俺たちをよそに、アリシアは顎に手を当ててブツブツと何事か呟いている。そこにあるのは、未知に対する底知れない探究心だった。
「……アリシア、今の話を聞いてなんとも思わないの?」
「なんとも思わない?そんなわけはないさ、ボクの心の中は今までにないくらいに揺れ動いているとも」
呆れを通り越していっそ心配そうなネリンの問いに、大げさなくらい首を振ってそうアリシアは答えた。
「こんなにも心躍る事象が目の前にあったと言うのに、ボクは今の今までそれを知らなかったときているんだ。……こんなの、心が揺れ動かないわけがないじゃないか!」
「……まぁ、アンタならそう言うわよね……」
ネリンからすれば半ば答えの分かりきった問いだったのか、ノータイムで返ってきた答えに対してため息が即座に返される。こんな時でも……いや、こんな時だからこそ、アリシアは通常運転のようだった。
「マイペースね、アリシアは……それが、私には怖かったのよ」
「怖い?……どう言うことだい?」
そこにいるのはいつも通りのアリシアの姿だったが、それに一番困惑しているのはリリィさんだった。……いや、それを困惑というのは少し語弊があるのかも知れない。
「どんな時でも未知を追い求めて我が道を行くその姿が、まるでお祖父様とお祖母様の生まれ変わりのようで……。お母様のことを最低限しか伝えなかったのも、同じ道を歩んでしまうかも知れないという恐怖心からよ。……今でも、あなたにお母様の資料をみせるかどうか迷っているわ」
「心外だな、ボクは他人を蔑ろにしてまで未知を求めるようなタイプではないさ。ただーー」
「いいえ、リリィさん。あなたの懸念はほぼ合ってるわよ」
少し剣呑な雰囲気になりかけた親子に、ネリンがそう言って割り込む。まさかの内容にアリシアが怪訝そうな目を向けるが、そんなことはお構いなしだった。
「確かにコイツは知識欲が凄まじいわ。そのためだったら人のことを平気で振り回すし、自分の知識が増えるためならなんでもやる。……だけどね、コイツは決してキャンバリーにもオーウェンにもならないのよ」
「言い切ってくれるのはありがたいが……どうして、キミがそこまで強気に言い切るんだい?」
「分からないの?あたしだから強気に言えるのよ」
アリシアの問いに、ネリンは即答する。ずっとアリシアが握っていた二人の会話の主導権は、今この瞬間、初めてネリンのものになった。
「アリシアは知識欲に狂うことも、徒に確かのための失敗を犯すこともしないわ。……だって、環境が違うんだもの」
「環境……?」
今度はリリィさんがネリンに怪訝そうな目を向ける番だった。だが、それにも動じることなく、ネリンは大きく息を吸い込むとーー
「アリシアは道を間違えないわ。ーーだって、あたしがいるから!」
そう言って、自信満々に自らを指さしたのだった。
次回、ネリンの言葉の真意が明らかになります!関係値の難しい二人ですが、果たしてネリンはアリシアのことをどう捉えているのか、次回を楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!




