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第十七話『オーダーメイドのワケ』

「オーダーメイド……?」


「そうだ。悔しい話だが、今のこの店の品ぞろえでは君の適性を引き出せないのではないかと思ってね」


 あまりの急展開にあっけにとられた俺のオウム返しに、ダンさんは深く頷きながら返す。え、冗談の類じゃなくてマジの提案なのか……?


「ここにあるもので引き出せないって――それ、どこまで稀有な体質なのよ⁉」


 俺の横で、ネリンが驚いたように前のめりになってダンさんに突っかかっている。もとはと言えばネリンのを見繕ってもらってからって話だったもんな……この展開には戸惑っても仕方ない。


「稀有……そうだな、稀有なのかもしれない。この筋肉の状態は知識としては記憶があるが、こうして見つけるのは初めてだな」


「へえ、マスターがそこまで言うのかい!そいつぁマジのレアもんだ!」


 やったな坊主、と言わんばかりに背中をバシバシと叩かれているが、いまいち俺にはピンと来ていない。……いや、そんなフラグ立ってたか……?チート枠には図鑑を貰ったし、走る速度もネリンより遅かったし。……あの神様、おまけで何かくれるような融通利かせられるやつにも見えないしなあ……


「それで、どんなふうに特別なの?この店で揃わないって言う以上、どう作るかっていう見通しはマスターの中であるんでしょ?」


 俺の思索をよそに、ネリンは相変わらず食い気味で質問を重ねている。心なしか、身の乗り出し方も大きくなっているような。あいつ、いつかバランス崩して転ぶんじゃないか……?


「ああ、知識としては持ち合わせがあるからな。……それを今まで形にしてこなかった……いや、形にする必要がなかったからそうしなかったというのが正しいのだが」


 なにせ需要があるか分かったもんじゃない、とダンさんは頭を掻く。……あれ、すこし風向きが怪しくなってきた気がするぞ?


「作ってこなかった、ってことですか……?」


「そうだな。こちらも商売なのでね、売れる見込みがないものに素材を使うのは経営者としてはばかられる。費用もばかにならないからね」


 そう言うダンさんの目は先ほどよりも落ち着きを取り戻しているように見える。……そっか、ダンさんもただ趣味で鍛冶をしてるわけでもないもんな……売れないものは作れないか。この整然とした店内と言い、鍛冶の腕だけで評判になった訳じゃないだろうってことはよくわかるし。


「将来こうなることを予見出来ていたら前もって作り上げていたのだが、それほどの商才はないみたいだ。だから今日中の納品はできないかもしれない。……すまないな」


「いえ、全然。どっちかっていえば例外の俺がいきなり来たのが悪いですし」


「いや、こちらとしても面白いものを見せてもらった。長年鍛冶師をしてきたが、まだまだ世界は広いな」


 そう言うと、ダンさんは少し遠い目をする。……まあ、文字通り遠い世界からきたもんな、俺……そういう影響も少しはあるのかもしれない。


「それで、ヒロトはどういう体質なのよ。あたし気になるんですけど」


 ぐいーっと効果音が付きそうな勢いで、ネリンはダンさんの方に詰め寄っている。ほぼほぼ爪先立ちなのに倒れないのは長年のトレーニングの成果なのかな……使い方の方向性が少しずれている気もするが。


「ああ、引っ張るつもりはなかったんだ。知らない知識に思わず心が躍ってしまってね」


 その勢いに気圧されたのか少しのけぞりながら、ダンさんは俺の方を見やる。その眼は少し真剣で、俺は思わず息を呑む。


「……まあ、顧客に情報を教えずに作り出すのも不公平だろうからな。少しデリケートな話になるかもしれないが、聞いてくれるか?」


「……はい、お願いします」


 頷くと、ダンさんは深く息を吸い込む。それを合図として、ダンさんの中で何かのスイッチが切り替わったようだった。さっきまでの柔らかさは影を潜め、目の前にいるのは間違いなく『カガネ一の鍛冶師』だ。


「……まず大前提として、この世界の人間の大半は筋肉にも何かしらの特質がある。魔術を通して強化することに適した筋肉、瞬発力に優れた筋肉、持久力に適した筋肉。柔らかさの違いなんかもあるな。防具というのは、そういった一人一人の特徴に寄り添ったものを選ぶのがいいとされているんだ」


「……だから、マスターのその技術が生きるのよね」


 ダンさんの講釈に俺が内心「へえー」と息を漏らしていると、ネリンが当然だな、と言いたげな感じで続く。その口ぶりを見るに、本当にこの世界では基本的な知識らしい。あとで図鑑の記述も探してみるか……まだまだあの図鑑で身に着けておくべき基本的知識はたくさんあるようだった。


「そうだ。ここからは少し専門的な知識になるのだが、その筋肉の特質は生まれつき決まっているというわけではない。もちろん血筋によるものもあるが、矯正の仕方次第である程度特質を誘導できるものであるというのが最近報告されているんだ」


「へえ……最近の研究は進んでるのね」


 理解しているのか聞き流しているのか、ネリンはうんうんとうなずきながら相槌を打っている。俺もついていくのが精いっぱいだったが、効き手の矯正みたいなもんか、とある程度理屈をつけておく。


「子供の成長に関わることだからな。……それでだな、赤子の筋肉を調べるとどの特質にもなっていないままの状態であるということが分かったんだ。言うなれば色が染まる前の布みたいな状態だな」


「なるほど……?」


 この声を上げたのは俺だ。ダンさんのたとえのおかげで、ようやく俺もすんなりと飲み込むことができた。……だけど、それと同時に俺の中でいやな予感が浮上する。


「……まあそれは分かったけど、なんで今それを教えたの?まさか、その赤子の筋肉が変化しない事例があったとでもいうの?」


 ずいーーーっと身を乗り出しながらネリンが尋ねる。最早体勢を崩さないことの方が不思議なくらいの傾きようだが、その点に関しては俺も同感だ。そして、それが俺の嫌な予感にもつながるわけで。


 わざわざその話題を今持ち出したということは、つまり――


「……そのまさかだ。ヒロトの筋肉は、赤子の時の状態のまま変化していない」


「…………はあっ⁉」


 ……まあ、そういうことになるよな……


「つまりだな、どの特質にも対応していない筋肉のための防具はあいにく在庫がない……いや、作った記憶すらない。だからゼロから作るしかないと、そういう訳だ」


「……一応聞きたいんですけど、その筋肉の状態って……」


「どの特質も得ていないわけだからな。当然、出来ることは少ないさ」


「ですよねー……」


 言ってしまえば、俺の筋肉はただ珍しい『だけ』の代物だ。特に使い道があるわけでもなければチート的な何かを発揮できるわけでもない。ただただレアなだけ。……どこまでも、図鑑を持っている以外は平々凡々な性能に神様は俺を仕上げたらしい。


「……もちろん初めての試みだ、それでお代を取るつもりもない。その分品質も保証できないが……それでも、防具を作らせてもらってもいいか?」


 両手を合わせ、ダンさんは熱烈に俺に頼み込む。……が、ちょっと前の高揚感は俺の中から消え去っていた。……いや、期待した俺がバカだったんだけど。


「……はい、お願いします……」


――俺の異世界生活は、チートととことん縁遠いものであるらしい。……いや、図鑑があるからいいんだけどな?

ということでね、ヒロトが図鑑持ちであること以外平凡(なんなら中の下くらい)であることが

無事(?)判明しました。これからの努力に期待ですね。まあ、どう頑張ってもここからチート無双にシフトしていく展開はないんですけども。次回、お買い物はまだまだ続きます!

ーーそれでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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