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第百七十七話『エルフの里より、ここは』

『彼はもともと一途な男だった。そんな彼でさえ諦めてしまった夢を、ボクはもう一度見せてしまったんだ。彼の情熱ーーいや執着は、ボクの想像を遥かに超えていた』


「執着……」


「……ま、情熱よりはその言葉の方が的確なのかもな」


 散らかった模型にかき集められた論文、そしてエイスさんにまで自分でたどり着いてみせたオーウェンの行動力は、半ば狂気の代物と呼んでなんら間違いではないだろう。今にして思えば、完成しないものに数十年も挑むなど正気の沙汰ではない。


「それをキャンバリーは止めなかったのではなく、止められなかった……」


「そういうこと、なんだろうな……」


 確かにオーウェンは利権のためにキャンバリーを求めたわけではなかった。ただ自分の夢のために、理想のために求めていただけなのだ。……その違いを見抜けとキャンバリーに要求するのは、酷というものだろう。


『ボクの力は必要とされなくなった。街づくりの計画自体には明確なプランが見えたことで賛同者も増え、全てが順調に進んでいる。……肝心の結界術がボク抜きでは絶対に成功しないことを除けば、だが』


「結界術が、キャンバリーなしじゃ成功しない……?」


 膨大な術師の力が必要だというのはミズネから聞かされていたが、キャンバリー抜きでは成立しないと明言されたのは初めてのことだ。それがどんなわけなのかと、日記の続きを覗き込むとーー


「あの術式はボクが編み上げたボクだけのものだ。僻地にあった彼の別荘を範囲に指定した術式を一度見せた事はあるが、あれをいくら解析したところで人間には理解できるものではない。そんなヤワな術式を、ボクは組まない』


 断言するその文字は書き殴られたような強い筆圧で書かれていて、キャンバリーのプライドがありありと見てとれた。


 きっとそれは、今までキャンバリーを突き動かしてきた原動力そのものなのだろう。自分の術式は自分だけのものだと吠えるその文字からは、今までとまた違うキャンバリーの姿が映し出されていた。


『彼がボクの力を必要としないなら、あの術式は永遠に完成しない。いくら論文を読もうと、文献を漁ろうと、エルフではない彼にあの術式は理解できない。悲しい事だが、これが種族の差というヤツなんだ』


「……そうか、これは」


 そこまで読んで、ようやく気づく。結界術のことを教えないのは、キャンバリーの後悔の証でありささやかな復讐なのだ。


 夢のために自分を利用しようとしたオーウェンへの復讐であり、その本心を読み違えた自分の後悔を示すための行動。それが非合理で、とても人間っぽく思えたのは、どうしてだろう。


 そこからしばらくは、オーウェンの失敗を見ていたキャンバリーの記録が綴られていた。こうして与えられた研究のための部屋も、全く別の研究のために使っていたようだ。『それに気付けないのが種族の差なんだ』と、そう言い放つ彼女はどこか虚しげに見えた。


『エルフの十年と、人間の十年は質が違う。街が完成し、カガネという名前がついた今でもボクの術式を読み解けず、論文にかじりつくその姿は痛々しかった。……もう、見ていられないくらいには』


「十年って……いきなり時間飛びすぎでしょ」


「エルフの時間感覚だからな……そういうことだってあり得るんじゃないか?」


 単純に書き連ねるべきことがないくらいに味気ない日々だったと、そう解釈することもできるだろう。ーーただ、それを想像するのはあまりに苦しかった。


『ボクはもう逃げ出したかった。エイスに、長老に背いてまで進んだ道が、こんなにも自由のない場所に繋がってるとは思わなかった。……ここは、エルフの里より息苦しい』


 里の外に出ることを望み、そして叶えてみせた彼女がいうからこそ、その言葉はひどく重かった。普段と何も変わらない書き振りのあちこちから後悔が滲み出ているような、そんな気すらして。


「……読まなきゃ、だな」


 ページをめくる手が止まりそうになるのを、首を振って必死に堪える。ここまで来たからにはーーいや、来たからこそ、この先を読まずにいる事は許されない。もう、日記は終盤も終盤なのだから。


『ボクは、耐えられなかった。恥ずかしい話ではあるが。自らが選んだ道を、放棄することにした。エルフの里を飛び出した時からやり直せるならそうしたいが、生憎時間を戻す魔法はボクにも作れない』


「だから、逃げるしかない……」


 逃げたという事実だけを取るならば、無責任なキャンバリーを責める事は出来たかもしれない。だが、ここまで読んだ今、誰が彼女を責められるだろうか。


『ここを離れるにあたって、この日記もここで筆を置くことにする。ここまで読んでくれたキミが、どこの誰かは分からないが……オーウェンの夢を断ち切ってくれたら、それほどに嬉しい事はない。――ああ、それと――』


「それ、と……?」


「何かしらね……屋敷の謎に迫れるものだったら良いんだけど」


 まるで追伸のような書き振りで、日記はラストページへと続いている。果たしてそこに何があるのかと、俺たちはゆっくりページをめくって、そこに書かれていた文に目を奪われた。


『ボクの子孫が今もこの街にいるなら、どうか仲良くしてやってほしい。……きっと、ボクによく似た性格に育っているだろうからね』


 その理由は、屋敷の秘密が書かれていたからじゃない。……まったく違う方向に、話が一気に転んでいたからだ。そして何の因果か、キャンバリーに似た語り口の人物には心当たりがあるわけで。


「……いや、何つー確率だよ……」


「本当、奇遇な話ね。直接関係してるかはともかく、こんなところでアイツが絡んでくるかもしれないだなんて」


 俺の呟きに、ネリンも思わず肩を竦める。俺の中に走った感覚は、どうやら俺だけのものではないらしかった。


 冗談みたいな偶然だと思いつつも、俺の脳内はそれをただの偶然と切って捨てることが出来ない。この日記を書いた人物の語り口は、どう頑張ってもあの人物の声で再生されてしまっているんだからな。


 俺たちが思い浮かべていたのは、一人の少女。自分を『なまじなんでもできてしまう』と評価した、あの話し好きな――


「……アリシアに、会いに行かなくちゃ」


 何か見えないものに急かされているかのように、ネリンはそうつぶやいた。

ここから先は怒涛の回収編です!今まで散りばめられた謎がどう収束していくのか、次回以降もお楽しみにしていてください!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていっていただけると嬉しいです!

ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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