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第百七十六話『禁断の果実』

「キャンバリーの、失敗……?」


「それが、禁断の果実とやらってことなのかしらね……」


 エイスさんの話を聞く限り、キャンバリーは失敗と程遠いところにいる存在に思えた。だからこそ、その一文の重みは俺たちにとって大きかったのだ。


「なんにせよ、続きを読まなきゃ何もわからないわね……。こんなに重要な情報とばったりぶつかることになるとは思わなかったわ」


「まったくだよ……ミズネには後であやまらねぇとな」


 目的からまるっきり逸れてしまったとはいえ、これを無視していては先に進めないのもはっきりした事実だ。ミズネには悪いが、今夜はここに時間を使うべきだろう。


「キャンバリー・エルセリア。……お前は一体、何者なんだ……?」


 身勝手な知恵人だったのか、それとも悲運の天才だったのか。今のところそのどちらにも見えるが、そればかりはこの先を読まないと分からないことだった。


『ボクが表立って悪い噂を流されることはなかった。あるいはオーウェンがそれを揉み消していたのかもしれない。どちらにせよ、ボクは快適に新婚生活を送ることができた。……だからこそ、失敗に気がつくのが遅れたのかもしれないが』


 平和だった時は確かにあったのだと、キャンバリーはそう述懐している。だからこそ、この先の悲劇を知っているその書き振りが痛々しかった。


『オーウェンの子を身籠った時だって、最初は嬉しかったんだ。それが過ちだってことを、産むまで気づかないくらいには』


「それはそれで、不注意な気もするけど……」


「それだけ箱入りだったってことだろ。日記を見る限り、よくない方向に影響しちゃったみたいだけどな」


 人里を見たいと降りて来たキャンバリーが、貴族に求められることになって箱入りとなるとはなんとも皮肉な話だった。もっとも、それが笑い話ですまないのがなおさら辛いところではあるのだが。


『中途半端に長い耳、黒と金のオッドアイ。生まれてきたボクたちの子供は、あまりにも分かりやすくハーフエルフだった。……いっそのこと、どちらかに偏ってくれれば良かったものを』


「そうすれば、ハーフであることを悟られないから……」


 キャンバリーのその思いは、子供が言われなき視線を浴びないようにしたかった故のそれなのだろう。だが、それは子供に対する否定だと思うのは、俺だけなのだろうか。


『子供ハーフであることを隠しきれないと悟ったボクは、今までよりもより多くの魔法をオーウェンに見せた。『希代の明君の子供』ならば、ハーフであろうと認めてくれるだろうと、そう思ったんだ』


 確かな居場所を得られないならば、種族に関わらない居場所を与えてやればいい。その考え自体は、きっと間違ってはいないのだろう。だから、間違えたのだとすればーー


『居場所を与えるために、ボクはオーウェンに沢山のものを与えた。思えばそれが、一番のミスだったのだろう』


「まぁ、そういうことだよな……」


 天才といえど……いや、天才ゆえにこそ、だろうか。キングメーカーとしての才能を持ち合わせてしまったことが、キャンバリーの悲運だったらしい。子供に価値を与えるのに、その親に箔をつけるなどやっぱりあってはならなかったのだ。


『子供のために与えた知識が、オーウェンにとっての禁断の果実だった。ボクの研究は、彼に見られるはずのなかった夢を見せてしまったのだから』


「それが、この街のことなのだとしたら……」


「カガネは、失敗の果てに生まれた街ってことになるんだろうな……」


 今の姿を思えばなんとも言えない感情を抱かざるを得ないが、その始まりがかなり複雑な経緯を辿っているのはどうも事実らしかった。


『「力ない冒険者を支えるために、どんな襲撃からも守り抜ける街を作る」。その思想はきっと間違いじゃないのだろう。ただ、そのために結界術を使うのは確実に間違っていた。だから、ボクはそれを止めたんだ。……だけど、手遅れだった。ボクはもう、罪を犯した後だったんだから』


「キャンバリーにも、少しの良識はあったんだな……」


「そうね……それが遅すぎたのが、かえって悲劇を招いたみたいだけど」


「……それは、少しばかりあっさりしすぎじゃないか?」


 キャンバリーの告白に、ネリンは呆れたような声色でそうリアクションを取る。それがやけに冷たく思えて、俺は思わずそう質問してしまった。すると、ネリンは肩をすくめてーー


「いや、八つ当たりのようなものなんだけどね。……この語り口、どうもアリシアのことを思い出して仕方ないのよ」


「あー……」


 言われてみれば確かにそうだ。一人称といい少し遠回しな節回しといい、その端端にはあの話し好きな少女がちらついているように思える。……まぁ、偶然の一致だとは思うのだが。


「ま、忘れてくれていいわよ。さ、早く続きをーー」


 そう言ってページをめくった先で、ネリンの表情がまたしても凍りつく。俺たちは何度、この日記に唖然とさせられれば気が済むのだろうか。それくらいに、この日記には新たな情報があふれていた。


『「お前の力なんてなくても、僕はもう魔術について知り尽くした。君の見せてくれた領域に、僕は自分の足で踏み込んでみせる」ーーそうボクに告げて見せた彼の笑顔は、もうボクのことを瞳に写していなかったんだから』


ーー俺たちが見ていたのは、キャンバリーの失敗の記録。だが、この日記に綴られているのはそれだけじゃない。


 オーウェンという一人の男が理想に狂っていく様を、俺たちは見せつけられていたのだ。

キャンバリーの日記については次回一段落すると思われます!まだまだ新しい情報が飛び出してきますので、楽しみにお待ちください!もし気に入って頂けたらブックマーク登録、評価など気軽にしていっていただけると嬉しいです!

ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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