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第百七十四話『確かな年季』

「こんな奥まった場所にある書庫とか、絶対に怪しいわね……」


 外で待機していたネリンを部屋の中に招き入れると、その表情があからさまに曇る。まあ、いきなり情報量が増えすぎな感じは否めないもんな……


「てか、こんな部屋こそ鍵が必要にも思えるけどな。連絡室なんかよりよっぽど勝手に入られたくないだろ」


「魔術の研究を秘密にしてたかそうじゃないかでも変わって来るんじゃない?オープンにしてるなら『研究室』って言い張れる……ってあれ、それは違うわね」


 そう言いながら取り出したのは、一番最初に見つかりながらも未だ活躍の機会が見込めない研究室の鍵だ。確かにここが研究室であるのなら、この鍵の意味が完全に消滅するわけだが――


「じゃあ、ここは研究室じゃない……?いかにも、って感じがプンプンするのに?」


「ミスリード……なんて、そんな手の込んだことをするわけもないしね。ここはダンジョンじゃないんだし」


「もとは屋敷、だもんな……」


 のちにこの屋敷を所有することになる人物に対して少々配慮が足りない気もするが、ここをダンジョンにしようという意図がないのも確かな話だ。キャンバリーの残した結界がこの謎を加速させているのだから、やっぱり黒幕はキャンバリーということになるのだろう。


「この屋敷の持ち主が被害者かって言われたら、そうは思えないのがまた複雑な話だけどな……」


 思考を整理するためにそうつぶやきながら、俺は本棚から適当に本を五冊ほど抜き取る。そう長居するつもりもないが、せめてここが何の部屋なのかははっきりさせないとこの先に活きてこないからな。


 そう息巻いてページを開いたものの、これまた論文なのか俺たちにはちんぷんかんぷんだ。読めるには読めるのだが、意味が一割も頭に入ってこない。……心なしか、模型部屋で読んだ奴よりもさらに複雑な気もする。


「……そういえば、ここの本はやけに古びてるわね」


「……言われてみりゃそうだけど、それがなにか……あっ」


 そんなことを考えていると、俺と同じように本を抜き取っていたネリンが唐突に呟いた。確かに装丁がかなりボロボロではあるが、最低でも百五十年は前の本なんだからそれは当たり前だろ――と、そこまで思ったところで、俺は気が付く。


「状態が定期的にリセットされるのに、それでも古びてる……って、どういうことだ?」


「そう、そこよ」


 俺の疑問に、よくぞ気づいたといわんばかりにネリンはこちらを指さした。


「この屋敷の持ち主が本格的に魔術に没頭し始めたのはきっとキャンバリーが来てからよ。今まで見てきた本は、皆装丁が新しかったから。キャンバリーが与えたヒントにしたって、キャンバリー自身が書いたものだと考えるならそこまで古いものではないはず。……そうなると、ここにある書物の古さに説明が付けられないのよ」


「ここにある本は、屋敷の持ち主の蔵書じゃない……とかか?」


「それが確かに一番わかりやすいかもね。でも、だとしたら誰の?」


「誰の、って言われたら……」


 思い当たるのは、一人しかいない。ただ、それを無条件で肯定することに俺はどうも抵抗があった。それを認めると、ここまでの考えがすこし、いやかなり狂ってしまいそうで――


「ヒロト、アンタの考えてることは大体わかるわよ。……あたしだって、今同じことを考えてるんだから」


 うんうんとうなる俺を見つめて、ネリンは苦笑して見せる。その表情を見れば、同じ結論にネリンがたどり着いていることは明白だった。


「そうだよな……これしか、ないよな」


 根拠は少ない。だが、消去法で考えるともう答えがこれしかないのだ。まるで記号問題で『ア』が三つも四つも続いたような、そんな違和感。……だが、この問いの答えは間違いなくこうだ。


「……この部屋は、キャンバリーのってことで、俺たちの見解は一致してるよな」


「そうね。……相当、厄介な新情報ではあるけど」


 ミズネの考えでは、キャンバリーは屋敷の持ち主にヒントだけを与えてこの街を、屋敷を去ったことになっている。ただ、この部屋の作りこみようはとてもそうとは思えなかった。


「そうよね。この部屋、一日か二日で作れるようなものじゃないもの」


 本棚の中にぎっしりと詰められた論文、書き上げられた魔法陣の数々。この部屋を構成する数々の情報が、俺たちの中のキャンバリー・エルセリアという人物像を歪ませる。場合によっては、一度前提から見直す必要さえありそうだった。


「この部屋、相当深く探索する必要がありそうだな」


「そうね……ミズネには申し訳ないけど、日記探しより重要性が高いと判断するわ」


 俺たちの意見が合致し、本棚の探索を俺たちは再開する。何か核心に迫るものが、俺たちの中の先入観を覆すものがないかと目を皿にして俺たちは本を抜き取り続けた。そのほとんどは論文でとても読めたものじゃないが、ほどなくして――


「……あったわよ。これ、日記っぽい」


 背後からの声に振り向くと、ネリンが一冊の薄いノートを持って立っていた。


「パラパラと読んでみたんだけど、明らかに論文じゃないわ。薄さも書きぶりも、全然違う」


「……読んでみようぜ、何か、手掛かりがあるかもしれない」


 具体的には模型の位置とか、研究室の謎とか。そこら辺において有用な情報が見つからないかと、俺たちはゆっくり表紙をめくって――


「……禁断の果実を食べてしまったあの人を、ボクはどう止めればよかったのだろう?」


 目に飛び込んできた予想外の書き出しに、俺たちは息を呑んだ。

次回、キャンバリー・エルセリアという存在についてより深く踏み込まれていきます!それに伴って屋敷の謎についても核心に踏み込んでいきますので、結末を予想しながら楽しんでいただければと思います!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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