第百七十三話『不審な音に急かされて』
この屋敷は定期的にリセットがかかることもあって、お目当てのものを見つけても持ち出すことはしない方が得策だ。それよりかはどの部屋に何があるかを確認して、何時でもそこに向かえるようにする方がはるかに有意義で効率的。つまり、俺たちが任されたのは屋敷の詳細調査と言ってもいいわけなのだが――
「ここも客室……この屋敷、意外と遊んでる部屋が多いわね?」
「そうだな……予想外というか、なんというか」
さっきから十部屋くらいは開けているが、そのほとんどが同じレイアウトで家具が配置されているだけの客室だけだった。パーティなどの事情もあって客室が多いのはなんとなく納得がいくが、それにしたって多すぎるような気もする。
「たまたまその区画にぶち当たっただけだと信じたいけどね……」
「仮にそうだとしても、一つ一つ開けてかなきゃいけないのは変わんねえのがな……」
「そうなのよねえ……もっと親切なレイアウトにしたって良かったんじゃない?」
不親切なことにドアはどれも同じ作りで、何の部屋かを表す看板などがかかっているわけでもない。つまり一部屋一部屋ちゃんと開けて中を確認しなければならないのだが、これが中々に手間のかかる作業だった。
ドアが押して開く形式なのもあって、一歩か二歩は部屋の中に踏み込んで確認しなくてはいけないのがその手間に拍車をかけているとも言えるだろう。中に入る役割は交代制でやっているものの、俺たちはそのたびに恐怖と戦う羽目になっているのだから。
「……ここも客室、書物の類はなし……。これ、こっちの精神だけがすり減って来る類のやつね……」
「そうだな……何の収穫もなしってのはやっぱきつい」
一部屋か二部屋客室ではない部屋があるにはあったが、そこも酒蔵だったり美術品が置かれていたりするだけだった。マニアが見れば目を輝かせるような代物なのだろうが、今の俺たちには無用の長物もいいところだった。
「そういう一見趣味部屋みたいなところに証拠がある可能性がないでもないけど、それをやるのは時間の無駄でしかないのよね……」
「そうだな……。そんな悠長なことをするのは最後の最後で十分だろ」
そんなやり取りをしている間にも、足元からは異音が聞こえてきている。普段は何とも思わないそれが、今この時だけは俺たちを急かしているように思えた。実際時間もないし、俺たちのメンタルがいつまで保つか分からないのが困ったところだった。
「ここも客室……いったん探索場所変えた方がいいんじゃないの?」
代り映えのしない部屋を見たのか、ネリンがため息をつきながら部屋から戻って来る。これで八部屋連続で客室、そしてここからもざっと十部屋くらいはそうと思われる部屋が並んでいた。……できる限り丁寧に行きたかったが、ネリンの言う通りここらが潮時かもしれないな。
「そうかもな……こっちから回ってみるか」
まだまだ続いていそうな客室ゾーンを後回しにして、俺たちは屋敷のさらに奥へと進んでいく。ここまで屋敷入口付近の探索を中心に行ってきたこともあって、ここからは本当に未体験の領域だ。
「ホラゲーの主人公って、こんな感じなんだろうな……」
先が暗くて見えない廊下に立ち、何が来るとも分からない不安と戦いながら探索をするのはまさにホラーゲームの定番と言ってもいいだろう。知識として知ってはいるが実際にプレイした経験がない俺からすると、これは非常にメンタルに来るものがあった。
「連絡室とやらのことも気になるしな……奥から戻ってくる感じで探索するか?」
「そうね。そっちの方が気楽でしょ」
その恐怖心を噛み殺しながら、俺たちは突き当りを目指して歩いていく。部屋の中をざっと確認するだけなら手分けして動くのが一番効率的なのだが、内心ビビり散らかしている俺たちはどちらもそのことを口にしなかった。こればかりはお互いに暗黙の了解として一致していたし、最早問うまでもない事だという認識すらあるような気さえする。
「長いな……やっぱりこの屋敷かなりデカいわ」
「あたしたちが手前の部分しか使ってこなかっただけだしね。……ま、使い道があるかと言われたら怪しいけど」
物置にしかできないでしょ、と肩を竦めるネリンに苦笑を返していると、ようやく長い廊下が行き止まりに突き当たる。そこにはホールと思われる大部屋につながる扉があったが、とりあえずそれを無視して俺たちは回れ右をした。
「かなり進んできたし、部屋数も相当なものよね……何か手掛かりくらいはあるといいんだけど」
日記じゃないにしても、少しでも情報が多いに越したことはない。ネリンの言葉に俺はうなずいて、俺は一番手近にあったドアに手をかけた。ドアノブのひんやりとした感触が心臓に悪い。
「……それじゃ、開けるぞ」
わざわざそう宣言して、俺はドアをゆっくりと押し開ける。ギイときしむような音がして開いた景色の、その先には――
「…………こりゃ、探索し甲斐がありそうだな」
もちろん、言葉通りの意味じゃない。今の俺に言えるありったけの皮肉が、大きなため息とともに俺の口から飛び出してきていた。
――大小さまざまな魔法陣に、壁にびっしりと置かれた本棚。そのすべてにぎっしりと本が敷き詰められているその光景は、第二の書斎と言ってもよいほどにたくさんの情報が保存されていることを示すには十分すぎた。
二人の探索はまだまだ続きます!果たして二人はミズネが驚くような情報を見つけて戻れるのか、はたまたビビり散らかして何も残さないのか、ここからも楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!