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第百七十一話『熱意の証明』

「……確認だけど、結界術にはとんでもない魔力が必要なんだよな?」


「そうだな。エルフなら一人で全てを完結させることも不可能ではないだろうが……結界の核を作るところから始めるのを考えると、優秀な術者を二十人は集めなくてはならないだろう」


 俺の確認に対して返ってきたのは、想像以上に大きな人間とエルフとの格差だった。優秀な術師を二十人集めてようやくエルフ一人分とか、規格外にも程があるだろ……


「長老と並ぶと目されているキャンバリーに追随しようと思うならば、さらにその倍は必要だろうがな。いずれにせよ、一人の人間が努力してどうこうなる問題でないのは事実だ」


「つまり、この人の努力はどこまで行っても実らない……?」


「キャンバリーのやり方をそのまま後追いしようとしているのならば、そういうことになるな」


 そう言って頷くミズネの表情は苦々しい。キャンバリーの性格の悪さを思えば、それも納得の話だった。


 日記を読む限り、この屋敷の持ち主はキャンバリーを模倣するために生涯を費やしている。そのためにエイスさんのような強い力が必要なことまで突き止めることはできたが、当人のリアクションを見るにそうすることは叶わなかったのだろう。……つまり、屋敷の主の生涯は報われないまま終わったのだ。


「人はエルフより長くは生きられない。だからこそ、その時間をかけたものは、報われなければいけないのに……」


 その無念を思ってか、ミズネは唇を強く噛んでいる。それに対してかけるべき言葉は、今の俺には見つからなかった。


「ヒロト。……前見せてくれた日記は、どこにある?」


「……ああ、あれか?それならこっちにあるぞ」


 ミズネから突然飛んできた質問に答えて、俺は本棚の中から日記を引っ張り出す。中を見る限りかなり晩年に書かれたもののようだが、不思議とその前後の日記は見つからなかった。


「こういうのは後世にも伝えられるように、最初から細かく日記につけるもんだと思ってたんだけどな……」


 結界術によって定期的にリセットが入るのだから、どこかに紛失してしまったという線も恐らくはありえない。日記の語り口を見るに相当書き慣れている様子なのもあって、今更俺の脳内でそれが引っ掛かっていた。


「……この屋敷の研究者は、随分と優秀だったらしい。キャンバリーの論文を読んだ今なら、それが痛いくらいに分かるよ」


 パラパラとページをめくりながら、そう言ってミズネは感嘆の息を吐いた。


「論文読解の精度もさることながら、特筆すべきはその検討と実証の多さだ。トライアンドエラーとは、まさにこのような過程のことを指すのだろうな」


「その結果、エイスさんの力を必要とするところまでは言ったんだもんな……」


 キャンバリーからのヒントがあったとはいえ、一人の人間がそこまで行くのはすさまじい事に思える。時間が足りてさえいれば、人間の力だけでキャンバリーに追随する方法だって見つけれ荒れたのかもな……


「エルフに比べて、人間は今この一瞬に対する執着が段違いだ。それを私はすごいと思うし、自分もそうでありたいと思える。……寿命が長いことは、今この日をないがしろにしていい理由にはならないからな」


「執念……か。俺も、それは同感だな」


 思い出されるのは、四百年前の英雄の手記だ。『勿体ない』という理由だけで異種族間の和平に尽力したその生涯は、まさしく執念の賜物と呼んでいい。……それは、きっと何かを為す人間に必要な条件なのだろうなと思う。


「ここにある論文も、魔法論の基礎から超応用領域まで様々だな。……結界術についての論文も、かなりある」


「そうなのか……俺には全部何が何やらだったよ」


 いつの間にやら日記から顔を上げ、研究の痕と呼んでもいい本棚をミズネは興味深そうに見つめている。ここにあるすべてをかつて読んで研究していたのだとしたら、果たしてそれには何年かかるのだろうか。俺には到底想像できない世界の話だった。


「この中の一部はキャンバリーが残したものなのだろうが、ほとんどは自分で搔き集めたのだろう。ほぼ不可能と言ってもいい課題を出したエルフが、魔法論基礎の論文なんて親切なものを渡すとは思えんからな」


「てことは、わざわざそこら辺を買い集めたってことなんだろうな……とんでもない手間だっただろうに」


 かなりの偏見だとは思うが、それが否定できないくらい今までの行いがひねくれているのがキャンバリーの悲しいところだ。だが、それは返ってこの屋敷の主の熱意を証明することにつながっていた。


「ああ、そう考えるのが自然だろう。……本腰を入れて解読する前に、いいことが知れたな。おかげで、少し方針が決まるかもしれない」


「方針……?これからのか?」


 我ながら無知丸出しの疑問だとは思うが、今までのミズネの言動を考えるとそこの確認が第一のようにも思える。そんな質問にミズネは頷くと、手近なところに置いていた日記をもう一度手に取って――


「……この屋敷の持ち主の私室を、探してみてはくれないか?きっとそこには、この日記の前後につながる物があるはずだ」


 今夜屋敷に残る俺に……ひいては俺たちに向けて、そんな風に頼み込んできたのだった。

長く謎だらけだった屋敷も、少しずつ解決への道筋が見えつつあります!その先に待つ真実とは何なのか、お楽しみにしていてください!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていっていただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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