第十六話『カガネ一の鍛冶師』
「……あなたが」
「ああ、ダン・ブレオンという。……君は?」
あまりの迫力に俺が呆然と声を上げると、ダンさんと名乗ってくれた人が一歩近づいてこちらに手を差し出してくる。それに少し戸惑いながらも俺は手を握り返して、
「ヒロトと言います。……あの、あなたがここの店主さんなんですか?」
と、少し考えれば自分でわかるであろう質問を添えてあいさつを返す。……しかし、その質問の返しが来ることはなかった。呆れられてしまったか、と俺は自分の軽率さにため息をつこうとしたところで……
「……ふむ……なるほど……ほうほう……」
と声を上げながら、やたらと俺の手のひらを調べていることに気が付いた。いや、痛いとかじゃないし別に構わないのだけれど、そこまで夢中でやられると気になるな……
「あの、ダンさん……?」
謎の行動に疑問を持った俺が、疑問の声を上げようとすると――
「坊主、すまねえな。これはマスターの癖みたいなもんなんだ。くすぐったいかもしれねえが大目に見てやってくれや」
ダンさんの代わりに答えたのは、隣にいた冒険者の人だった。
「そうよヒロト、あたしも近頃やられたもの。ま、それがお仕事につながってるからいいんだけどね」
「そうだよなあ……カガネ一の天才鍛冶師ここにありって感じだぜ」
それにネリンも同調すると、冒険者の人が肩を竦めながら笑う。……また俺、話題からおいてかれてね……?
「……うん、大体わかった。すまないな、断りも取らずに」
俺が一抹の寂しさを感じていると、ふと俺の右手が解放される。ダンさんはというと、俺の手を握っていた右手をしきりに開いたり閉じたりしている。
「いえ、全然気にしてないですから。……でも、何が分かったんですか?」
「ああ、そうだな。すまない、それを早く言うべきだった」
俺の問いかけに、ダンさんは慌てて頭を下げる。悪い癖でな、と申し訳なさそうな表情を見るあたり、本当に無意識のうちにそうしているという側面もあるのだろう。しばらくしてダンさんは顔を上げ、俺の目をまっすぐ見据えると……
「君の、筋肉を調べさせてもらっていた」
……と、とんでもないことを言ってのけるのだった。
「き、筋肉……?」
「そうだ。駆け出しの冒険者に大事なのは、負担にならない程度の防具を付けることだからな。それを知るためには、筋肉の質を知ることが第一だ」
「へえ……って、そうじゃなくて」
確かにためになる話ではあるが、俺が驚いたのはそっちじゃない。もっととんでもないことを、この人は言っていた気がするのだが……
「手のひらを調べただけで、そういうのってわかるものなんですか……?」
「ああ、ある程度はな。当然微調整はしなくてはならないが、大体どれくらいの質と素材で作ればいいかは手のひらだけで十分わかる」
「ほええ……」
「勘違いすんなよ坊主。これはマスターだからできることだ。お前が女の子と手をつなぎたいからって簡単にまねできる技術じゃねえぞ?」
「そうよ、アンタにそう言われてもあたし絶対手貸さないからね」
何のためらいもなく言い切ってのけたダンさんに俺が感嘆の声を上げていると、隣から茶々が入る。いや、そりゃそうだよな……こんなの常人にできていい芸当じゃねえし。……いや、仮に使えたとして二人が言ってたような使い方は絶対にしないけども。
「俺も少しずつできるようになったことだからな……きっと簡単にまねはできないだろうさ」
そんな俺たちのやり取りを見て、ダンさんが楽しそうに笑う。最初はいかつい印象だったが、こうして笑うとずいぶん柔らかく見える。……この世界、ほんとに見かけによらずいい人ばかりだからなあ……
「そんな俺からしても、君の筋肉はずいぶんと珍しいものだった。思わず長時間調べてしまうくらいにはね」
ほのぼのとした空気が流れる中で、唐突にダンさんがそう切り出した。
「あー、そういえばかなり長かったわね。マスターがそんなに時間かけるのいつぶりよ」
「そうだな……一年くらいはなかったかもしれないな。さすがは黒髪黒目、何か特別なものを持っているのかもな。……俺としたことが、少し我を忘れて堪能してしまったよ」
そんなことを言いながら、ダンさんは頭を掻く。少しずつできるようになったとか言ってたし、この人の原点はもしかしたら筋肉フェチなのかもしれない。好きこそものの上手なれ、っていうしな。
「マスターにそこまで言わしめるとはそりゃすげえ!筋肉をだれより愛しているからこそ、マスターは誰よりも筋肉に厳しいってのにな!」
「もはや専門家だものね。私たちがマスターって呼ぶのもそういう理由あるし」
バシバシと俺の背中をたたきながら冒険者の人が言うと、ネリンも感心したように続く。……ほら、やっぱり筋肉好きだった。まあ、それが高じてこうして仕事を営んでるのだからすごいとしか言いようがないのだが。
「まあ、俺の性みたいなものだからな。……それでヒロト君、君に頼みたいことがあるのだが」
自信ありげに頷いたのち、ダンさんが神妙な顔でこちらを見つめる。その眼に宿る光は鋭くて、俺は思わず息を呑んだ。さっきまでと打って変わっての静寂の中、俺が次の言葉を待っていると――
「……君の筋肉の質にあった、オーダーメイドの防具を作らせてほしい。君の筋肉は、俺の鍛冶師としての意欲を駆り立てられるものなんだ」
そう言って、深く頭を下げたのだった。
――え、こんないい話あっていいのか……?
ということで、ヒロトの二日目も波乱なしでは終われそうにはありませんね!筋肉フェチの店主の提案はこれからどう転がっていくのか、次回を楽しみにお待ちいただけると幸いです!
また私事ですが、先日この小説が通算1000PVを突破いたしました‼予想以上にたくさんの人にこの小説が届いてうれしい限りです!これからも頑張っていきますので、評価ブックマークなどなどしていただけるととても嬉しいです!次は10000PV目指して突き進みます‼
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!