第百六十八話『VS.過去の天才』
「……嘘、でしょ……?」
「予想通り、だな。……当たっていない方が、私たちとしては助かったのだが」
エルフの里からとんぼ返りして戻ってきた屋敷の光景を見て、ネリンは絶句する。机の上に何冊も積み上げられた書物はすべて消えうせ、その中身を書き留めていたミズネのノートだけがそこには残されていた。それも、机の隅に追いやるように整頓された形で。
「模型のどこにも存在していない異物をどうにか処理しようとした結果だろうな。あるいは、他の書類の移動に巻き込まれたかだ」
とんぼ返りしてきた甲斐はあった、とミズネは興味深そうに居間を観察する。俺たちが持ち込んだ家具などは確かに動かされていなかったが、もとからあった家具は完全に元の場所に戻っていた。
「……ミズネの仮説によれば、これが模型の状態を屋敷が反映した結果ってことになるわけだ」
「おそらくそれで間違いないとは思うがな……。それにしても、探索の痕跡が綺麗に消失しているというのは中々に心に来るものがある」
分かっていたことだけどな、とミズネは苦笑する。屋敷からしたらバックアップデータを読み込んだ結果というだけなのだろうが、俺たちからしたらデータを初期化されたも同然だからな……。二日の積み上げが全部元のさやに戻ったというのは中々に厳しい。
また資料集めからか、と俺が内心げんなりしていると、隣でミズネが唐突に呟いた。
「……あれ、鍵は普通にアイテムボックスの中に残ってるわよ?」
ネリンからしたら微かな気付き……というか、引っ掛かり程度のものだったのだろう。その声はかすかで、気を抜けばそのまま流れてしまいそうなものだ。……だが、それに反応してミズネの瞳がきらりと光った。
「なるほど……それは、中々に興味深いな」
「……ミズネ、何か思いついたのか?」
俺はと言えばネリンの呟きを流していた側なので、唐突に腕を組んで何事か考えだしたその姿に一瞬驚かされた。鍵なんて小さいんだしそれが戻らないくらいの誤差はあるだろう、くらいにしか俺は捉えていなかったのもあって、その考えは全く読めなかった。
「鍵が残っている……それに、私たちが外から持ち込んだものも、整頓こそされているが消えてはいない。……なら、そういうことなのか?」
一歩目でつまずいた俺をよそに、ミズネの推理はどんどんと加速していく。エルフの先達が深くかかわっているのが判明したのもあってか、その表情にはより一層の気合が見て取れた。
「ミズネ、どうしたの?なんか考え込んでるみたいだけど……」
「ああ、考え込んでいるんだ。……もしかしたら、その気づきが突破口になるかもしれないからな」
俺よりワンテンポ遅れたネリンの問いかけに、神妙な表情を崩さないままミズネは答える。組んだ腕にとんとんと指を置きながら考え込む姿は、まるで難題に挑む学者の様だった。
「…………確証がないから何とも言えないが、とりあえず現状では十分か」
できることも特にないままミズネの思案を見守っていると、少し憮然としながらもミズネが顔を上げる。少し悔し気な眼こそしているが、何かを掴んだのは確かだったようだ。
「……ということは、何か分かったことがあるんだな?」
「まあな。この屋敷の対策と言った方が近しいかもしれないが」
「対策……?」
「定期的なリセットに対する対抗策……ってことか?」
屋敷相手に対策とは中々に仰々しい表現ではあるが、リセットに対するものならば納得もいく。そんな俺の考えは、ミズネの頷きに肯定された。
「そういうことだ。……まあ、効果があるかは実際にやってみないと分からないのが辛いところだけどな」
答えあわせは少し先になる、とミズネは悔しそうに呟いた。さっきの憮然な表情は、今から説明する仮説に対する答え合わせができないことに対してなんだろうな……。負けず嫌いなミズネからしたら、自分の仮説が仮説のままで実行に移されるのが納得いかなかったのだろう。
「ネリン。お前の持っていた鍵は、なくなっていなかったんだな?」
「……ええ、そうね。アイテムボックスの中までは術式も介入できないのかなって、あたしは折り合いをつけてたんだけど……」
「その線は私も考えた。……だが、そうなるとひとつ疑問が残ってしまってな」
ネリンの意見にうなずきつつも、やんわりとミズネはその仮定を否定して見せる。仮説にしてはずいぶん断定的だなと、俺は少し疑問に思ったのだが――
「模型にないものでも、術式は干渉していた。私のノートが机の隅に追いやられていたようにな。……だが、このノートは少し特殊な代物でな。魔術による情報の書き換えなどを防ぐために対魔力加工が施されているんだ」
長老の付き添いをしていた時にたくさんもらった代物だ、とミズネは自慢気に語って見せる。そこまで言えば、俺にもミズネの言いたいことは伝わってきた。
「そのノートが干渉されたのに、アイテムボックスの中ってだけで干渉が行われなかったのはおかしい……?」
「そういうことだ。移動させただけだから百パーセントは言い切れないが、あの術式は対魔力加工を貫通しうるほどに強いと考えていいだろう。……そんな強い干渉が、アイテムボックスにあるだけで免れられるとも思わない。もっと、別の要因があると考えるのが自然だろう」
仮説と言ってはいたが、その口調は断定的だ。長老に並ぶほどの天才と呼ばれたキャンバリーに対する信頼と言ってもいいほどの確信が、ミズネの発現の端々に見え隠れしていた。
「じゃあ、その要因ってのは……」
「ここからが少し不安なのだがな。だから、ここからは答え合わせもかねて、手段だけを先に伝えておくとしよう」
最後の最後ですまない、と頭を掻くと、ミズネは大きく息を吐く。今までにないくらい緊張した様子で、俺たちの方を見やると――
「……ここで見つけた書類なんだが、ネリンの宿で預かってもらうことは可能だろうか?おそらくそこなら、干渉を受けずに資料と対面できると思うんだ」
エルフがらみの案件になってきたということもあって、ミズネはここからも屋敷探索の起点になっていきます!今回の提案が果たして何をもたらすのか、楽しみにしていただけると幸いです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!