表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/714

第百六十五話『知られざる天才』

「キャンバリー・エルセリアか……エルフの歴史にも、まだまだ知らないことがあるのだな」


 地図に示されていた場所への道中で、先頭を歩いていたミズネがぽつりとこぼす。それを見ていた俺の中で、ふと引っかかるものがあった。


「ミズネさ、屋敷にかかってる魔法のことには聞き覚えがあったんだろ?それなら、その名前にも少しは聞き覚えがあっていいとは思うんだが……」


 ミズネの魔法に対する知識の深さには目を見張るものがある。底なしの知識欲に基づくそれは、エルフの里によって培われていたもののはずだ。それならば、エイスさんに並ぶ天才の名前を聞いたことがないというのもおかしな話に思える。


 そんな俺の考えは、ゆるゆると首を振るミズネによって否定された。


「長老が示してくれた場所は、論文の原本が集う保管庫だ。当然、幼い頃は踏み込むことができない場所でな。……好奇心旺盛な子供のための資料館にあるのは、分かりやすいように要約された魔法論だけだよ」


「つまり、ミズネがあの魔法を知っていたのはそこに書かれてたからってことなのね……」


「そういうことだ。私の生まれる少し前に長老が人里との交流を再開したのは知っていたが、そこにそんな事情があることは知らなかった。……長老と並ぶ天才がいたことも、な」


 驚いたよ、とミズネは苦笑して見せる。俺たちの時間感覚とは違いすぎて忘れそうになるけど、九十歳近くのミズネすらエルフの中では若造扱いなんだもんな……。想像するだけでとんでもない。


「そのキャンバリーの論文をもとに屋敷の持ち主が再現を試みたのなら、随分と無謀な話に思えるがな……。私たちオリジナルの魔法は豊富な魔力量を前提に規模を設定しているのもあって、魔力効率は良くないことが多いんだ」


「それを無理やり人間が再現しようとしても、原理的な問題でつまづくのがオチってことか……」


 エルフと人間の魔力差についてはよくわからないが、一般人にアスリートの真似が出来ないようなものだと思えば割と簡単に理解できた。豊富な知識と経験に裏打ちされたそれに無理やり食らいつこうとすれば、先にその人の体が保たなくなるのは目に見えてるからな。


「そういうのもあって、私からするとまだまだ疑問点が多いのだが……その答えがここにあることを、期待するしかないな」


「……っと、もう到着か。意外と早かったな」


 そんなことを言っているうちにどうやら到着したらしく、ずっと立ち止まったミズネの背中にぶつかりそうになりながら俺も足を止める。そこにあったのは、エイスさんたちと話したところにも負けないくらいの大木をもとに作られた施設だった。


「ここに、いろんな魔法論文の原本があるのね……」


「そうだ。……子供の頃憧れていた場所に、今こうやって足を踏みいられるとは思っていなかった」


 その悠然とした迫力にネリンは目を輝かせ、ミズネは感慨深そうに目を細める。自然の風景に疎い俺でも、目の前の大木が長い歴史を持っていることは十分に理解できた。


「もう少し思い出に浸っていてもいいが、そのために来たわけではないからな。……とりあえず、中に入るとしよう」


 気持ちを切り替えて歩き出したミズネの背中に続いて、俺たちも大樹の中へと足を踏み入れる。受付にいたエルフにミズネが一言二言事情を説明すると、先にエイスさんから何らかの連絡がいっていたのかスムーズに奥へと案内された。


「キャンバリー・エルセリアの論文なら現存するものはここに全て揃っています。……と言っても、他の研究家に比べて数は少ないのですが」


「いいや、それでも十分だ。案内ありがとう」


 案内を終え、受付へと戻って行く後ろ姿に俺たちは揃って頭を下げる。案内されたのはこの蔵書館の中でも相当奥の方で、探そうと思わなければ到底見つからないような場所だった。


「やっぱり里の中での立ち位置的なものもあるのかしらね……。エイスさんも結構言葉を選んでたみたいだし」


「無関係とは言えないだろうな。エルフとしては異端、しかし実力のある優秀な魔法研究者なのもまた事実……長老が場所を決めたのかは分からないが、もしそうならそんな考えの末にここになったんだろうさ」


 あの方は素直じゃないからな、とミズネは苦笑を一つ。キャンバリーによって書かれた論文を手に扱いに悩むエイスさんの姿ーーどうしてだろう、やけにはっきり想像できた。


「さて、お目当ての論文探しと行こうか。……もっとも、この量ならすぐに見つかりそうだがな」


 そんなミズネの言葉通り、俺たちが探している論文は割と苦労せずに見つけることができた。その道中に気になる題名をいくつか見つけはしたが、それについての好奇心は一旦脇に置いておくとして。


「『縮小模型とそのモデル間における状態変化の同期術式について』ーーか」


「そう聞くとすげぇむずかしく聞こえるな……ミズネ、読めるか?」


「任せてくれ。これでも、一時期は長老の秘書として動いていた身だからな」


 そう胸を張りながら、ミズネは論文へと目を落とし始める。文字の上を滑る視線は右へ左へ、かなりのスピードで進行しているようだったがーー


「…………はあ⁉︎」


 その手が止まり、ミズネが驚きの声を上げるまでにそう時間は掛からなかった。

次回、キャンバリーが残した術式の全貌が少しずつ明らかになっていきます!それを前にした三人がどう動いて行くのか、お楽しみにしていてください!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていっていただけると嬉しいです!

ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ