第百六十四話『厄介な置き土産』
「キャンバリー・エルセリア……」
エイスさんから発されたその人名を、ミズネは言い慣れない単語であるかのように反復した。
「聞いたことがないのも無理もない。お前が生まれる数十年にはもうエルフの里を出て行ってしまってあるからな。簡単に力尽きるような器でもなかろうが、どこにいるかはもうワシにも分からん」
肩をすくめながら、エイスさんは苦々しげにそう告げる。しかしそれは本当に嫌いなものを思い出す感じではなく、憎たらしいライバルをどこか懐かしく思い返しているような感じだった。
「好奇心旺盛なエルフの中でも、キャンバリーは特に典型的な奴でな……『どうして人里に降りてはいけないんだ』と、事あるごとにワシに突っかかっておった」
「なんつーか、問題児って感じだな……」
確かに疑問に思うことではあるが、そこにはエイスさんなりのしっかりとした理由がある。それに対してなおも異議を唱え続けるのは、少しばかりワガママが過ぎる気もするのだが……
「いいや、ワシに異を唱えたのは何もキャンバリーだけではない。あやつが他のエルフと違ったのは、自らの意思を通すという覚悟の強さ、そしてそれを達成するための実力があったことじゃ」
「エルフからしてもびっくりするような魔法を作った訳だものね……。性格はともかく、実力は確かよね」
ネリンの評価はいささか失礼な気もするが、的を得た意見なのもまた事実だ。いろいろ分からないことだらけの存在ではあるが、キャンバリー・エルセリアが実力者なのは間違いないと見ていいだろう。
「その通り、奴は若くしてワシに並びかけるレベルの実力者じゃよ。……もっとも、ベクトルは違っておったが」
「ベクトル……魔法に対する姿勢が、ですか?」
「まぁ、だいたいそう思ってくれて構わんよ。ワシが既存の魔法を昇華させるのに力を尽くしていたのに対し、奴が目指していたのは『全く新しい魔法』じゃった。どちらかと言えば、奴は発明家と呼ぶのが適切なのかも知れぬな」
「だから、模型と現実の同期なんていう魔法を……」
エイスさんの言葉で、俺の中で一つの疑問が解決した。あの屋敷の主がキャンバリーではなくエイスさんの助力を求めたのは、あの魔法が屋敷の持ち主にとって既に完成された魔法であったからだ。
完成された魔法のクオリティを高めることに関してならば、頼るべきはエイスさんということになるのだろう。なんせそこはエイスさんの得意分野な訳だからな。
「そんな背景もあってか、奴の思想に賛同するエルフも少なからずおった。そしてある時、自身の賛同者を連れてあやつはある暴挙に出たのじゃよ」
「暴挙……?」
「そうじゃ。ワシを強引に変えさせた、力任せの一手だったな」
怪訝そうな目を浮かべるミズネに、エイスさんは顔をしかめながらうなずく。苦虫を噛み潰したようなという表現がここまで似合うのも珍しい話だ。
「あやつは人里に向けて飛び出したのじゃよ。数人の賛同者を連れてな。『掟を変えなければこの先も同じようなことが起きる』と置き土産まで残されてはワシも流石に打つ手がない。仕方なしに、ワシは人里との接触を復活させることにしたのじゃ。それがあったからこそミズネのような例が生まれたと、そう言えなくもないのだがな」
「今だからそう言えるかもしれないけど、エイスさんからしたらいい迷惑よね……」
今まで変えてこなかった、変えるつもりもなかった決まりを強引に変えられるというのも中々に面倒な話だ。それの後始末をさせようにも、それを引き起こした張本人はもうどこかへ消えてしまっているのだからどうしようもなかった。
「愚痴ばかりになってしまったが、奴が魔法において飛び抜けた実力を持っていたのもまた確かだ。お前たちの屋敷に適用されているのは話を聞く限り奴のものだし、術式が百五十年ごときで劣化するようなこともすまいよ」
「つまりキャンバリーを調べることが私たちの問題解決に繋がる、と?」
「そういうことになるな。あれで色々と条件の多い術式だ、理解していれば力になることもあろう。奴の魔法研究に関する論文は全て残してあるから、探すのも簡単なはずじゃよ」
そう言いながら、エイスさんは俺たちに一枚の地図を渡してくれる。ばつ印の書かれているところが、さっき言っていた論文の保管場所なのだろう。
「ありがとうございます。少しでも手掛かりになればくらいの期待でいましたが、想定以上の収穫でした」
「そうかしこまらなくても良い。ワシもキャンバリーの愚痴を言えて満足じゃからな。もし仮に顔を合わせるようなことがあれば、気が向けば帰ってくるように伝えておいてくれ」
丁寧に頭を下げるミズネに、エイスさんが気さくな笑みを浮かべる。どこかスッキリしたような顔を見るに、本当に愚痴を溜め込んでいたんだろうな……。エルフの歴史に関わる話だから、おいそれと話せないことでもあるのだろうが。
「了解しました。……それでは、行ってきますね」
「ああ、行ってこい。……お前たちが少しでも充実した生活を送ってくれることが、ワシにとっても心の助けになるのだからな」
部屋を出て行く間際、揃って俺たちはエイスさんに頭を下げる。大きく手を振って俺たちを見送るその仕草はとても子供っぽいのに、その瞳はとても暖かい光を宿しているように思えた。
エルフの里の物語はいずれスピンオフとして書きたいところですね……。ある程度時間がある時に書き溜めていずれ公開しようと計画しているので、気長にお待ちいただければと思います!
次回以降も探索は加速していきますのでそちらもお楽しみに!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!