第百六十二話『ふるさとの知識』
結果的には全員が二勝、毎回熾烈な駆け引きを繰り広げることとなった『フェアリー・カード』は熱狂の間に幕を閉じた。当然俺もエキサイトしてたし、間違いなく楽しかったのだが――
「……今度やる時は、『もう一回』禁止で行こう……」
ミズネからそんなお触れが出るくらいには、俺たちの予定は狂いまくっていた。
そうは言っても夕食の時間が遅れるくらいのものなのだが、激戦を終えた俺たちに襲い掛かって来る空腹は普段の比ではない。ともすれば冒険している時くらいの集中を伴っていたのもあって、俺たちはみんなしてソファーにだらしなくもたれかかっていた。
「ネリンがえげつないことしてくるからだぞ……なんでそんなにアドリブがうまいんだお前は」
「宿屋の娘だもの、それくらいはね。……あたしだって、ここまで続くことになるのは予想外だったけど」
最初の一回こそネリンの宣言からだったが、驚くべきことに俺たち全員が一度はもう一戦やろうという提案をしているのだ。なんというか、揃いも揃ってゲームの持つ独特の熱気に浮かされていた感じだ。あの時の俺たち、特に異論もなく再戦をオッケーしてたし。
「やればやるほどメタ読みが激しくなるんだよな……よくできたゲームだよ」
「ヒロト、メタ読みってどういう意味?」
ぽつりとこぼした呟きに、ネリンが目を輝かせながら食いついてきた。確かにゲーム方面の言葉ではあるから、この世界にはそういう言葉がないのかもしれない。
「プレイヤーの癖とか、ゲームシステムじゃなくてその人自身を見て考える読みってことだ。……と言っても、このゲーム自体がそれを推奨してるようなゲームだからな」
百パーセント正確かは少し怪しいところだが、俺の定義で言うところのメタ読みを二人がかましてきていたのは事実だ。ミズネが信じきることを前提に、ネリンが盛大なブラフをミズネにぶつけた時は恐れ入った。戦績では全員が五分という結果だったが、それでもネリンが常に話し合いの主導権を握っていたのが印象深い。
「なるほどね……そういう意味なら、確かに途中から使ってたかも」
ネリンにもその自覚はあったのか、ゲーム中を思い出すようにしながら頷く。後半戦のえげつないゲームコントロールを無自覚でやっていたならそれは間違いなくゲーマーの才能なわけだが、それがここカレスで芽吹いてしまったことだけが残念なところだ。
と、脱力したまま俺たちがそんなことを話していると、
「ふむ……本当に知識が深いな、ヒロトは。それもお前の故郷の知識なのか?」
「ま、そうだな。少しばかり縁が遠い場所の知識だから、本当に正しいかは少し怪しいけど」
いつの間にか対面に立っていたミズネの質問に、俺は首をひねりながらそう返した。なんせ俺の知識のほとんどは図鑑由来のものだから、強い方面と弱い方面が明確に分かれているのだ。
「正しいかはともかく、アンタの世界の知識は本当に豊富よね……この世界にない言葉だらけよ」
「言葉がないだけで行動自体はあるやつも多いからな……メタ読みだってその一つだと思うし」
そういう意味では、この世界にはしっかりとした名づけが成されていないことも多いんだろうなと思う。それは知識不足というよりそもそも名付ける必要がないからという理由なだけな気もするから、どっちが優れてるかというのは決めきれないのだが。
「知識にだけあって一生使わない言葉だってあるわけだからな……なんでも多ければいいってもんじゃねえよ」
「……だが、故郷の知識が役立ったことは一度や二度じゃないだろう?」
「そうよ。アンタの知識が無けりゃ詰んでたことだってあるんだから」
俺の言葉に対して、二人は肯定的な意見を返してくる。いろいろなことを知っているからと言って増長しすぎないように自戒はしていたのだが、どうやら二人にとって俺の予想以上に価値のある物に見えていたようだ。
「ま、確かに故郷の知識は大事だけどさ……俺からしたら二人の持ってる知識だってすごく見えるぞ?」
宿屋での手伝いから学んだネリンの知識も、この世界について多岐にわたるミズネの知識もすごいことに変わりはない。そのベクトルがどこを向いているかの違いであって、何もそれは俺だけの誇りではないだろう。
「私の知識もすごい……か」
そんなことを伝えようとしての言葉だったわけだが、その言葉にミズネは何かを迷うように視線を泳がせていた。なんだろう、そんなに失礼なことを言った覚えもないのだが――
「……二人とも。私から一つ提案があるのだが、いいだろうか?」
俺が少し焦っていると、ミズネがやっとのことで俺たちにそう切り出してくる。俺たちが無言で頷いて先を促すと、少し遠慮がちにだがミズネは口を開いた。
「……今回の探索、魔術や魔法と言ったものとはどうも無関係ではなさそうだ。書斎で得られた情報だけを基にする推察だから、正確性は全く定かではないが。……だが、そこで私から一つ提案がある」
「提案……?それならいつでも大歓迎だぞ」
「今でさえ取れる選択肢は多いんだし、今更一つ増えても変わらないわよ。ミズネのやりたいこと、聞かせてくれる?」
遠慮がちなミズネの背中を押すように、俺たちは口々にそう告げる。それを見てミズネは安心したように笑い、一つ咳ばらいをすると――
「……魔術と言えばエルフだ。偶然なのか、長老の名前もある。だから明日、エルフの里に向かってみないか?……もちろん、調査の一環としてな」
――ミズネの提案に、俺たちは一瞬言葉を失う。謎の屋敷をめぐる一件は、とうとう屋敷を飛び出すところにまで及ぼうとしているらしかった。
かなり寄り道を挟んだ屋敷調査ですが、次回からしっかりと進んでいきます!ミズネの提案の意図とは、そしてこの屋敷と長老に関わりはあるのかなどなど、様々なところをお楽しみにしていただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!