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第十五話『大都カガネ』

 考えうる限り最速で準備を終わらせて待ち合わせ場所に向かった俺を出迎えたのは、不機嫌そうな表情のネリンだった。


「遅い。あたしが何分待ったと思ってんの?」

「開口一番それかよ……俺だって急いだんだぞ?」


 もう少しパンをほおばっていたい気分を我慢してもぐもぐと食べつくした俺の気持ちも知らないで、いったいこいつはどんだけ早く準備を済ませたんだ……?


「アンタが急いだとか関係ないのよ。あたしが十五分待った、その事実だけが今ここにあるんだから」


「俺二十分くらいで準備済ませたんだけどな⁉」


 こいつの着替え早すぎるだろ!上から下まで全部変わってんだぞ⁉


「だってあれかわいいけど動きづらいんだもの、早く着替えたいって思うのは当然でしょ?冒険者の服なんて大体着やすくできてるんだし、アンタの想像してるより手のかかる作業でもないわよ」


「……なるほど……?」


 身近な異性どころか異性の友達一人すらも高校時代いなかった俺にはピンとこない話だが、女子の着替えが長いというのは必ずしも正しいわけではないらしい。まあ、今着てる服かなり動きやすそうだもんな……


「つまりそれを見越して五分で準備しないアンタが悪い」

「その理屈は分かんねえけどな⁉」


 五分で食事と歯磨きと簡単な着替えをこなしきるとか無理だろ!いや、思い返せばあの時間まで寝てた俺が悪いんだけど!


「……ま、最初から間に合うと思ってなかったからいいけど。……ほら、出発遅れた分さっさと行くわよ。今日は回りたいところたくさんあるんだから」


「おう……ってペース早いな!」


 呆れたように息をつきながら、ネリンはすたすたと歩き出す。この一連のやり取りで、どうも俺の遅刻はチャラにしてくれるらしかった。その優しさなのかよくわからない態度に俺も軽く息をついて、どんどんと遠ざかる背中を追って歩き出した。


「……最初はどこに行くんだ?」


「武器と防具を見に行くわよ。特に防具は命を守るうえで大切だし」


 俺の問いかけに、ネリンは歩くペースを緩めないままに答える。時々こちらをちらりと見てくれる当たり気遣ってくれてはいるみたいだが、それにしたってすごい速度だ。日本だったら競歩の才能見出されるんじゃないかこいつ……?


「……?何よじろじろと」

「……んや、なんでも」


 少し訝し気にネリンが振り向いてきたので、俺はとりあえずネリンの歩みから目をそらして、


「それにしたってすごいスピードだな。何か急ぎの用でもあるのか?」


「いや、とくにタイムセールがあったりするわけじゃないんだけどね。この街でお買い物をしようと思うと、これくらいのペースで回らないと日が暮れちゃうのよ」


 こちらを一瞥もしないまま、ネリンはそう答える。そのペースに珍し気な視線を感じない以上、ネリンの言も間違いじゃないんだろうな……こんなに急いで歩いてる人がいたら日本じゃ奇異の視線は避けられないだろうし。俺なら絶対二度見する。


「……ほら、ついたわよ。パパ御用達のお店なの」


 そんなことを考えていると、急にネリンが足を止めて右方向に視線を向ける。その背中にぶつからないように俺も急停止して右を見ると、そこには二階建ての大きな建物があった。


「……これが」

「そうよ。新人向けからベテラン向けまで、防具選びならとりあえずここに行けって言われてるぐらいには大きなお店なの。確かベレさんもここを使っていたはずよ」


「ベレさんも……なるほど、ほんとに防具の最大手って感じなんだな」


 こうして足を止めている間にも、多くの冒険者らしき人が絶えず扉から出たり入ったりしている。出てくる人は大小さまざまの袋を持ってるし、満足いくものがあったんだろうな……


「アンタがどういう防具を探してるのかは知らないけど、ここなら大体の需要にあった防具があるわよ。さ、行きましょ」


 そう言って、ネリンは大きめの扉を押し開ける。俺もそれに続いて店内に入ると、真っ先に俺を出迎えったのは高級感のある革の匂いだった。……それに続いて、所狭しと並べられた鎧が視界に飛び込んでくる。


「……すっげえ」

「でしょ?この町でも一番の防具屋なんだから」


 俺が思わずそうつぶやくと、ネリンが誇らしげに胸を張る。お前の店じゃないだろ……と突っ込みたくもなるが、確かにこの店の品ぞろえには胸も張りたくなってしまうな……


「まずあたしの防具を見てもいい?どういうジャンルにしたいかは決めてるし」


「ああ、俺も色々見て回りたいからな。お前の買い物についてくよ」


 すごく広い店だからな……この中にいきなり一人とか絶対迷ってしまうだろう。そういう意味で、ネリンの申し出はありがたいものだった。


「……へえ、鎧って言っても色々あるんだな……こんなに変わるものなのか」


「まあね……何に対して強くしたいとか、動きを邪魔しないやつがいいとか、いろいろな需要があるし。今でも鎧は日夜研究が重ねられてるのよ」


 きょろきょろと左右を見ながら声を上げる俺に、ネリンが得意げに指を立てながらそう解説してくれる。そのまましばらくネリンの講釈を聞きながら店を回っていると、


「……おう、バルレさんとこの嬢ちゃんじゃねえか!今日はお使いかい?」


 そう、野太い声がネリンを呼び止めた。声の主を探してみれば、ほほに白い傷のあるいかつい冒険者が手を振っていた。俺ではないとはいえいきなり声を掛けられ、俺が少しどぎまぎしていると――


「あ、久しぶりね!ふふん、今日は私のためのお買い物なのよ?」


「おお、そりゃめでたい!ついに嬢ちゃんも冒険者デビューってわけか!」


 そんな俺をよそに、ネリンは生き生きと手を振りあって朗らかな会話を繰り広げていた。……昨日から思ってたことだけど、こいつコミュ力お化けなんだよな……


「ってことは、そっちの坊主は旅の仲間かい?みたとこ駆け出しって感じだが……」


 ほんの少しだけ疎外感を感じていると、話がいきなり俺の方に向けられる。……蚊帳の外だなあとは思ったけど、いきなり水を向けられるとさすがに焦る!


 どうしようどうしようと、俺が言葉を探していると、


「ええ、今んとこはね。初冒険の時に協力したの。ね、ヒロト?」


「……そうです。……えと、初めまして」

「おう、これからよろしくな!」


 そんな俺を見かねたネリンの促しに応じてお辞儀をすると、男の人は笑いながら手を振ってくれた。……ああ、この時ばかりはネリンが神に見える……‼


「それでね、今日は私たち二人の防具を見てもらいに来たの。マスター、いる?」


「ああ、マスターか、それなら……」


 自己紹介から話は本筋に戻り、二人はまたよどみなく会話を始める。マスターとは何ぞやと、俺が首をひねっていると――


「……俺に、何か用か」

「……おお、渡りに船じゃねえか」


 重厚感のある低い声が、俺たちの会話に割り込んでくる。まだ姿は見えないが、その声だけでも威圧感を感じるには十分だ。……この人は只者ではないと、そう感じさせる何かが乗っている気がした。


「……マスター、久しぶりね。私たちの防具、見繕ってくれる?」

「ついでにこの坊主のも見てほしいんだと。今日は長くなりそうだなあ?」


 俺の位置からだとまだ見えないマスターに対してネリンが笑顔で手を振ると、男の人が笑いながら俺の存在を付け足してくれる。それから少しした後、人影がぬっと棚の向こうから現れて――


「……そうか。安心しろ、上物を見繕ってやる」


――左目を眼帯で隠した大柄な男の人が、軽く微笑みながら俺たちを見つめていた。

次回、お買い物パート本格化!これからガンガン新キャラも出てきますのでどうぞお楽しみに‼……まだ見ぬカガネの住人たち、もちろん個性派だらけです。

――それでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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