第百五十六話『駆け引きの行方』
「ここからは決断時間だ。大体三十秒ぐらいらしいが、そこは私たちの裁量でいいだろう」
説明書を見ながら、淡々とミズネはゲームを進行する。その手つきに迷いはなく、どうするべきかははっきりと決まっているようだった。
時間的にミズネの数値にはあまり言及できなかったから、まあそれも仕方のない話ではあるのだが。現状を考えると、それが俺からするととても羨ましかった。
(……いや、これどうする……⁉)
曰く、ミズネよりも値が低いらしい俺の持ち札。ネリンの数値がぶっ壊れている以上、ネリンよりも数値が低いというミズネの言葉が後押しになりにくいのも俺の迷いにさらに拍車をかけていた。
ネリンの言うことを信じるのならば、俺の数値は22以下。ブラックジャックで三枚引いても20にすら届かない時だってあるんだから、ありえない話かと言われればそんなことは無いだろう。むしろ二人ともが高水準なのもあって、俺は相対的に低い値を引いている可能性が誤差レベルとはいえ高くなっているのも考え物だった。
ふと正面を見やれば、少し首をひねっているネリンの姿が見える。俺のはったりは、どうにかある程度の効果を生み出せているようだった。ということは、あのネリンの言葉は本当の可能性が高いのか……?
情報を整理すればするほど思考はこんがらがり、それをどうにかしようとしてまた深みにはまっていく。一言でいうなら思考のアリ地獄ってところか。つまり、どこまで考えても出口は遠のいていくってことだ。
「……あたしは決めたわよ」
そんな中、一足先にネリンが心を決めたようにうなずく。ミズネももはや意志決定を終わらせているらしく、まだ考えているのは俺だけだ。くそ、どうするどうするどうする……!
やみくもに考えても答えが出るはずはなく、時間だけが過ぎていく。二人が決めて一分くらいが経ってから、俺はようやく二人の方を見つめた。
「……決まったよ」
「まったく、大遅刻ね。ルール準拠ならとっくに二回目の駆け引きに行ってたわよ?」
「そうだな。そこらへんはハウスルールというやつだ。……さて、一度目の交換と行こう」
高らかに宣言すると、ミズネはカードが入っていた箱をテーブルに置いた。
「これは収納具兼ゲーム用の魔道具になっているらしい。なんでも条件を指定すれば、箱が自動的に私たちの持ち札を回収してくれるそうだ」
「へえ……ハイテクなんだな」
その機能が何かゲームに有利なように使えないものかと俺は説明書を引き寄せて確認してみるが、どうもそう簡単なものではないらしい。一枚だけ交換するときは捨てた札が全プレイヤーに公開されるが、二枚以上捨てた時には真ん中の数値の札が自動的に残されるようになっているらしい。プレイヤーには捨てた札のいずれか一枚が公開され、それが高い方なのか低い方なのかは分からないという徹底っぷりだ。
「つまり、複数チェンジから手札の残り一枚を推測するのは困難、と……」
「そう言うことだな。……では、私から宣言するとしよう。一枚、一番小さい値の札を交換で頼む」
そう言うと、ひらりとミズネの手から一枚のカードが箱に向かっていく。それは、ミズネの持ち札の中で一番小さかった5の札だ。
「5か……予想外に高かったな」
興味深げにそう言いながら、ミズネは何事か考えこんでいるようだ。なるほど、これは俺の予想以上に深いシステムなのかもしれないな……
「それじゃ、次はあたしのターンね。……あたしもミズネと同じ、一番数値の低い札を交換して」
そう宣言すると同時、ネリンの手から一枚のカードがすり抜けていく。……ネリンの望み通り、一番数値の小さい『9』のカードが。
「9……⁉いや、いくらなんでも大きすぎでしょ!」
「あーあ、俺ちゃんと伝えたぞ?『お前の数値は高すぎて敵わない』ってな」
こんないかにもな駆け引きのゲームだからこそ、本当のことを伝えてもそれがまっすぐ受け入れられることは珍しい。しょっぱなから綱渡りをする羽目になった訳だが、どうにか効果は出てくれたといった感じだ。
「それなら、最低でもあたしの合計は18……ここから、いくらでも巻き返せるんだからね」
しかしすぐに気を取り直したのか、ネリンは目を瞑って思考を巡らせているようだ。それを横目で見ながら、俺は大きく息を吸った。
一分半、もしかしたら二分くらい、考えに考えた。そして、俺がたどり着いた答えは――
「……二枚交換で頼む!」
あまりにも不確定要素だらけの、ばくちに挑むことだった。
と言っても、勝算が薄いわけじゃない。……ネリンは、本当のことを伝えたことに驚いていた。それだけ見るとネリンは嘘をついていると仮定してもいいのだが、気になったのはミズネの反応だ。
(……俺の方に意見するとき、アイツは考え込む様子を見せなかった……‼)
ネリンへ意見するときはあんなに考え込んでいたのに、だ。それはつまり、嘘をつくかつかないか迷う時間がなかったということ、つまり、俺の手札は本当に弱いということ――‼
そんな俺の確信とともに、回収されたカードのうち一枚のカードが公開される。最大値にせよ最小値にせよ、そんなに大きな値ではないという俺の期待は――
「……え?」
「……あー、そっち捲れちゃったか」
未だに一枚も見えていなかった最大値、すなわち「13」と書かれたカードが目に入ったことで、俺の思考は凍り付いた。
波乱を巻き起こしながら、このゲームは後半戦へと突入していきます!かなりやらかしたヒロトはここから巻き返せるか、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




