第百五十五話『解ける氷と解けない駆け引き』
「えーと、題名は……『フェアリー・カード』?」
「私も聞いたことのないゲームだ。もしかしたら、妖精の間で流行していたゲームの一つなのかもしれないな」
カードの束をシャッフルしながら、聞きなれない題名に首を傾げたネリンにミズネは頷きながら答える。この二人が初見ということは、当然俺も初見なのは言うまでもない。……早い話が、完全に条件は公平ってことだ。
ルールとしては実に簡単で、条件に沿ったカードの組み合わせを最後に持っていたプレイヤーが勝者だ。そのお題は『一番大きな数字を持つプレイヤー』であったり、『同じカードの組を持っているプレイヤー』などなど、ほかにもたくさんの種類がありそうだった。数回存在する引き直しチャンスを用いながら、出来るだけ条件に沿うような手札を整えていくのが俺たちの基本方針と言ったところか。
それだけならばただの運ゲーになってしまうようにも思えるが、大事なのは『自分の持ち札は敵からしか見えない』ということだ。この部分はインディアンポーカーと同じと言ってもいいだろう。つまり、自分がどれだけ強いカードを持っているかを知るのは俺の場合ミズネとネリンだけということになる。
相手のカードをいかに弱く感じさせ、同時に同じ目論見をしているであろう二人の嘘を見抜けるか――。この勝負の争点は、今まで培ってきた人を見る目がどれだけ正確かというところにかかっているのだろう。そう言う意味では、冒険者に必要なスキルが問われる勝負ともいえそうだった。
「それじゃあ、さっそく始めるとしようか。まず、最初のお題は……」
そう言って、ミズネがお題のカードをめくる。そこには『合計数値の一番大きなプレイヤー』と書かれており、その下には『三』と数字が書かれている。この場合、俺たちは三枚引いたカードの合計値が一番高くなるようにカードをそろえればいいわけだ。引き直しの回数は引く枚数から一を引いた回数ということなので、今回は二回のチャンスが用意されている。
「まあ、最初のゲームだからな。お試し感覚で色々やっていくとしよう」
慣れた手つきで三枚のカードが配られ、俺たちはそれを手で持って額の前に掲げる。そんな中真っ先に目を引いたのは、ネリンの引きの強さだった。
10、9、12で合計は31。カード一枚での最大値はトランプと一緒で13だったはずだから、最大値とはいかずともかなりの上振れを引いたことになる。
一方のミズネは合計23で、可もなく不可もなくと言ったところか。高い数字なのは変わりがないが、それにしたってまず問題になるのはネリンの持ち札だ。
「それでは、ここから話し合いが二分……と」
確認のためか説明書をちらっと見つめたのちに、ミズネはテーブルの上に氷を作り出す。ゲーム中にいきなり何をしたんだと、俺は首をかしげていたが――
「大体ではあるが、この氷が解けきるので二分程度だ。……さあ、駆け引きをするとしようか」
その宣言とともに、俺たちの雰囲気が引き締まる。ミズネお手製の砂時計ならぬ氷時計のことも気になるばかりだが、それを聞くのはまた後回しだ。とりあえず、ネリンのあの札を交換させなければ――
「……ネリン、お前の持ち札強すぎるんじゃね?」
そう考えた俺が繰り出した言葉が、この二分半の中で最初の一言だった。
ネリンの持ち札に対して、俺たちができることは二つだ。『嘘を本当と信じさせる』か、『本当のことだが嘘だと思わせる』か。他のお題でだって基本的にはこの二パターンになるわけだが、俺にとっては前者の方が難しく思えた。
「31とか誰も勝てねえって……俺たちがよっぽど上振れをひかなきゃお前の勝ちだよ」
「ふーん、ずいぶん強いのね……ミズネもそう思う?」
「……………そうだな。引きには自信がある方だが、今のネリンに勝てるかと聞かれれば当然厳しいだろう」
かなり考えたのちに、ミズネはゆっくりと頷いて見せる。どっちのプランで行くか迷っていたようだが、どうやらこっちに乗ってきてくれたらしい。
「二人ともそう言うのね……そうなると逆に信じられなくなるわけだけど」
それが功を奏したのか、ネリンは疑わしそうに首をひねっている。そのまま交換に踏み切ってくれれば、それでも十分戦いは楽になるのだが――
「それならヒロト、アンタは変えなきゃいけないんじゃない?あたしからの忠告よ」
「忠告ったって、かなりの上振れを前にしなきゃどんな手札も変えざるを得ないだろ……」
「そうじゃなくても変えろって言ってんの。言っとくけどアンタ、ミズネよりも合計低いからね?」
俺の反応に肩を竦めると、なんでもない事かのようにネリンはそう言ってのける。……これ、どっちに行かせるのが狙いの奴だ……⁉
どっちでもありえる場面なだけに、俺も迷いがどんどん深まっていく。まさか、ネリンには俺よりも衝撃的な上振れ手札が見えてるのか……?
「ヒロト、私からも変更をおすすめしよう。私の値と比べてどうかは知らないが、間違いなくネリンの値よりは小さいからな」
俺が悩んでいるところに、追い打ちをかけるかのようにミズネがそう意見を挟んでくる。それで余計に狙いが読みにくくなり、俺が内心頭を抱えているとー―
「……氷が解けきった。どうやら話し合いはここまで、みたいだな」
いつの間にか氷が解けていって器の中にたまった水が、このゲームの進展を静かに宣言していた。
物語の中でゲームを創作するのは初めてなのですが、楽しんでいただけているでしょうか?パーティの拙い駆け引き合戦はもう少し続くので、このゲームならではのパーティのやり取りにも注目しつつ楽しんでいただけると嬉しいです!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!