第百五十二話『憧れと目標と』
「……それが、ネリンが冒険者になろうと思ったきっかけに繋がるとはぱっと見思えないんだけどな」
あの時俺を強引に宿屋へ連れて行ったことと、ネリンの過去の話が頭の中でどうしてもぴったり繋がって来ない。その事に俺は首を傾げていたが、ネリンは「ちっちっち」と指を振った。……不思議なことに、そのモーションはとてもよく似合っている。
「それがそうでもないのよね。……あたしも、まさかここまで関係が続くとは思ってなかったけど」
「大丈夫だよ、俺もここまでいくとは思ってなかったから」
不思議と波長が合うとはいえ、異世界で初めて出会った同世代の人物とパーティを組み、まさか共同生活をすることになるなんて夢にも思っていなかった。……少なくとも、宿屋に変更された時の俺にこのことを伝えても信じないどころかまともに取り合ってもくれないだろう。
「そこはお互い様ってやつね。……あたしの周りに冒険者を目指す同世代の子がいなかったって話は、パパとママから聞いてるでしょ?」
「らしいな。冒険者を育てる街って触れ込みからすると、かなり意外な話だとは思ってたけど」
「よく言われるわよ、それ。……でもね、カガネで生まれた子供の大半は冒険者を目指さないの。あたしの年代は、それが特に強く出たんだって」
そう言って、ネリンは苦笑してみせる。冒険者の街で生まれた子供は冒険者になりたがらない……世界遺産のある街で生まれた子供があまり世界遺産に足を運ばないようなものかと、そう考えるとなんだか納得がいく気がした。
「それでも、周りは応援してくれてたのよ。パパとママも、約束通り十歳になる頃には本格的な装備をくれたし、必要な知識も色々教えてくれたわ」
なるほど、それがさっきの我慢の正体か……。まぁ、親心を思えばそこがいい感じの妥協点なのかもしれない。こうと決めたら譲らないネリンの性格は生まれつきだってのは、アリシアが保証してくれてるからな。
「……ってことは、お前が本格的に冒険者を目指し出したのは八歳になるわけか。そこで何かきっかけになることがあったのか?」
周りから聞いた分にはもっと早くから目指していたと考えられなくもないが、装備をねだったのがそこと考えると明確なターニングポイントだ。そんなふうに考えた俺の質問に、ネリンは照れ臭そうに頭を掻いた。
「そうね……冒険者になりたいっていう憧れがなるんだっていう目標に変わったのが、その時なのよ」
「憧れが、目標に……」
「月並みな表現だとは思うけどね。今のあたしの目標が明確に定まったのは、あの時だったわ」
『両親でさえも知らない世界をたくさん見つける』。エイスさんの前で堂々と語っていた目標は、やはり長い時間をかけて強くなっていったものらしい。あの時のネリンの横顔が凛々しく見えたのを、俺は今も鮮明に覚えていた。
「八歳の時にね、初めてパパがマルデロ平原に連れていってくれたの。駆け出し冒険者でも安全だし、パパが同伴なら問題ないだろ、って」
「その平原の鳥たちのせいで俺たちは死にかけてたけどな……」
「……それは一旦忘れましょ」
やはりキヘイドリの一件はネリンからしても苦い記憶らしく、なんともいえない表情を浮かべながら俺の言葉をとりあえず無かったことにした。
なんだかんだ、この世界に来て一番恐怖を感じたのってキヘイドリに追われてた時なんだよな……。これは予感に過ぎないのだが、しばらくアレを超える恐怖体験はない気がしている。
「とにかく、そのときはパパもいたから安全に散歩ができたのよ。……その時見た景色があんまりにも綺麗で、今でも忘れられないの」
「……初めて見た、景色だから……?」
「そうかもね。カガネはとんでも無く大きな街だし、テレポートを使えば平原を通らずに旅行することだってできたから、そういう景色を見ずに一生を過ごす人も少なくないの。……そうならなくてよかったって、あたしはあの時思ったわ」
まるで夢を見ているような語り口で、ネリンは八歳の頃の思い出を語っていた。まるで熱に浮かされたような言葉遣い、それがネリンの本心であることは疑いようもない。
「パパから話して聞かされてた景色は、あたしが想像した何倍も綺麗だった。……なら、パパも知らないような景色ならもっと綺麗なんじゃないかって。もっとワクワクできるんじゃないか、って」
そこで言葉が切れ、ネリンのまっすぐな視線が俺を射抜く。そして、頬を楽しげに、どこか不敵に緩ませると……
「それの延長線上に、今のあたしはいるの」
今まで見た中で一番の笑顔を浮かべて、ネリンはそう言い切ってみせた。
「なるほどな……。俺は、お前が羨ましいよ」
自分が望んだ生き方を貫いたままで生きていられることの、なんたる幸福なことか。それはあまりに頑固で、だけどあまりに尊い在り方だった。
「……なんであんたがもうそんなに感動してるのか、あたしにはいまいち分からないけど」
そんな思いを込めて賞賛を贈る俺を見つめて、しかしネリンはどこか不思議そうな顔を浮かべる。そんなに不自然なことを言っていたかなと、俺が首を傾げているとーー
「でも、それならもっと感動してもらおうかしら。……話の本番は、ここからなんだから」
ーーと、ネリンは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう宣言してみせた。
あまり本人の口から語られることのなかったネリンの過去話ですが、もう少し続いていきます!あの時の行動の強引さの裏に隠れていた事情がなんなのか、次回を楽しみにお待ちください!もし気に入っていただけたらブックマーク登録、評価等気軽にしていっていただけると嬉しいです!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!