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第百四十九話『未完の術式』

「確かに、これは長老の名前……ここにきてまさか目にすることになるとは」


 信じられないといった表情のまま動かないでいたミズネだったが、日記に記されていたフルネームを目の当たりにしては信じざるを得なかったようだ。いつもは細めの目がぱっちり見開かれてる当たり、よっぽど驚きの事実だっただろうということは容易に想像ができた。


「……確かに、長老は前時代の文明にもつながりのあるお方だ。それが百五十年前の人里に何らかの形で名前を残していることはあり得る。あり得るのだが……」


「やっぱり、信じられない?」


「そうだな……少なくとも、誰の付き添いもなしに長老が人間と会うことは考えづらい。パーティでさえ、人間が出席するものに出るのは稀だったのだからな」


 そう言えば、俺たちと会った時に『人間と話をするのは久しぶり』的なことを言ってたっけ。時間感覚が人よりはるかにゆったりなエルフのことを考えると、数十年、あるいはそれ以上会っていない可能性だってあったかもしれない。


「……じゃあ、どうして面識のなかったこの人が名前を知ってるんでしょうね……」


「確かに、途中までさも知り合いみたいな書かれ方してたもんな……まるで見たことがあるみたいだ」


 『魔』とつくものすべてにおいて万能な生ける伝説……というと、少し誇張されすぎな気もするが。長老としてのエイスさんは、時折目を見張るほどの威圧感を放っていたのも確かだ。


「この文章を見るに、この人はエイスさんの自由さを知ってるわけじゃないだろうけどな」


 そこまで言及されていたらいよいよ疑わないわけにはいかなくなっていたが、幸か不幸かそこまではいかずに済んだ。……まあ、エイスさんだって場は弁えてるだろうしな。噂だけで人物像を捉えきるというのもまた難しい話だろう。


「唯一の手掛かりは、日記に記された魔法の形態だが……これは、確かにエルフが作り出したもので相違ない」


 魔法……とは、日記に書かれていた『模型と現実存在の同期』と言った感じのアレだろうか。字面だけ捉えても、いまいち言っていることは分かりづらかったのだが――


「この魔術は、初めは木の生育などを助けるための魔法から始まったとされている。木というのは繊細で枝の手入れは欠かせないのだが、いかんせん高所にある枝を切り落としたりするときに手間がかかるということになってしまってな。その時に考え出されたのがコレというわけだ」


「模型を作って、その変化を現実のそれにも反映させる――だったっけか?」


 記憶をたどって確認すると、ミズネが満足げに頷く。それを聞いてもいまひとつピンとこないのか、ネリンは首をひねっていた。


「つまりだな、これは小さなコピーに起こした現象をオリジナルにも起こしてしまおうという魔法なわけだ。簡単な話、ある木をコピーして、それを折れば現実の木も折れる。ある枝だけを切れば、当然オリジナルの方もコピーと同じような切れ方をするってことだ」


「なるほ……ど?」


 なんとなくわかった気はするが、それでも現実味を持って理解できたかと言われれば怪しいところだ。ネリンも大体そんな感じなのか、傾げられた首の角度はより深くなっていた。


「それを街全体に反映するとなれば、確かに途方もない計画ではあるが……もし成功すれば、この街は今よりも強固になっていたことだろう」


「今よりも……?」


「今だってカレス有数の堅牢都市なのに、それ以上になるっていうの⁉」


 外壁にぐるりと囲まれ、門兵が日夜安全を守るこの街の防御力は並大抵ではない。しかし、それを上回ると断じたミズネの表情に冗談の色はなかった。


「今の防備を侮っているわけではないさ。……ただ、この術式が完成した場合が異常なだけだ。極論、この部屋から一歩も出ることなく損傷の補修が可能になるんだからな」


「は……?そんなことができたら、土木工事で稼いでる人たちは涙目じゃない!」


 ありえないわよ、と言いたげに首を振るネリンに対して、ミズネはなおも冷静だった。


「ああ、そうだな。それくらいにこの術式は強力なもので――だからこそ、街への反映に長老の力を必要としたのだろう」


「だけど、エルフとの人脈を作るのは難しかった……」


「ああ。だからこそ、この計画はきっと中途半端で終わっている。……屋敷における反映に成功していたというのが、少し気がかりだがな」


 日記をぱらぱらとめくりながら、ミズネは淡々と語っていく。しかし、その眉間にはわずかに皴が酔っており、どうやら何かを考えこんでいるようだった。


「……ミズネ、何か思いついたのか?」


 俺の問いかけに、ミズネは少し戸惑ったような態度をとる。言い出すか言い出すまいか、少し悩んでいるような感じだったが――


「いや、私たちの探すべきものが増えたというだけの話だ。何も謎の解明には近づけていないよ」


「探すべきものが、増えた……?」


 苦笑しながらの言葉だったが、そこだけは聞き飛ばすわけにはいかない。今だって探すべきものだらけなのに、ここにきてまた増えるって言うのか……?


「ああ。一つ、見過ごせない仮説を思いついてしまった。……それも、当たれば一気に謎の解明が近づくような、ね」


 少し不安げに、しかしはっきりとそうミズネは断言した。


「見つけるだけで、謎に一気に近づける……?そんな都合のいいものがあるの?」


「あるのさ、驚くべきことにな」


 ネリンの確認に、ミズネは大きく頷く。そして、日記の一部分を俺たちにも見えるように指さして見せると――


「……この屋敷が模されたミニチュアが、この屋敷のどこかにあるはずだ。それに地下室への扉が取り付けられていたら――話は、一気に進むんじゃないか?」


 俺たちにそう呼びかけると、こくんと首をかしげて見せた。

新たな謎を提示されつつも、少しずつ屋敷はその真実を明らかにしつつあります!果たしてこの屋敷の真相は、そして三人は無事調査を終えられるのか、是非これからもお楽しみに!気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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