表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/714

第百四十七話『日記の中身』

 エイス・ルーヴェル。エルフの里の長老であり、四百年前の英雄のことすらも知っている人。初めて会って言葉を交わした時から、只者じゃないというのは十分に分かっていた。


「それにしたって、ここで名前が出るのは予想外なんだよな……」


 日記と模型を見比べながら、俺は深々と息をつく。突如出現した見知った名前は、俺の思考をしばらくフリーズさせるには十分だった。


 そう言えば、一緒にお茶をした時に人里の様子を熱心に聞いてきたことがあったっけ。もしかしてそれは、カガネの街の顛末を心配していたのかもしれない。魔術的技術を提供した立場として、その街の行く末を案じるのはなにも不思議ではない――


『……まあ、エルフとの縁を作ることなど今の人脈では不可能に等しいのだが』


「……いや、そうじゃないっぽいな」


 エイスさんの名前が出てきたその下の行にすぐさま付け加えられていた記述を見て、俺はその説を撤回する。というか、エイスさんがかかわった魔術システムがあるならここに来るまでにそれに触れる機会があったっておかしくないのだ。それが全くなかったということは、つまり――


「エルフとの縁を結ぶのって、そんなに難しい話だったんだな……」


 鍛冶屋での偶然の邂逅は間違いなく奇跡だったというわけだ。エイスさん曰くミズネさんが人里に降りること自体が相当久しぶりかつ異例の事態だったらしいので、そう考えると人脈を築けなくてもまあ仕方のない話ではあるのか。


『夢物語を語ってばかりではいられない。この屋敷でできたことをこの町全体にも適用する、求められているのはたったそれだけなのだから。その程度をこなせないとなれば、間違いなく魔術師の名折れだ』


 日記を読むに、これを書いた人は魔術関連の研究者に思える。エルフの里では盛んだった記憶があるが、カガネでそんなことをしてるのは見たことがないような気がする。


『街に起きた変化を模型に反映させ、模型でその問題を修正することで街にも修正を同期させる。それができれば、この街の防衛はこの部屋一つで完結するのだ』


「変化を、反映する……?」


 また少しずつ小難しい話になってきた。細かいところを読み解いてもらうのはミズネに任せるとして、俺は日記を読み進めることに専念する。パラパラと走り読みをしていると、気が付けば残りページ数は十を切っていた。


『この街は、いずれ重要になってくる。人類が行き詰まりとならぬように、受け入れ皿として重要になって来る日が必ず来る。……故に、これだけは託さなければならない』


「……予言通り、ってわけか」


 この屋敷を作り、ひいてはカガネを作った人物は先見の明にあふれていたらしい。今やこの街は駆け出しの冒険者の頼もしい受け皿になっているし、さらに高いステージへとはばたくための登竜門にもなっている。この街が無ければ、俺はしょっぱなから大ピンチに陥っていた事だろう。当然、この状況にもたどり着けなかったはずだ。そう言う意味では、俺は恩人の日記を読んでいることになるのかもしれない。


「……そう思うと、急に罪悪感が顔を出すから不思議なもんだ……」


 良心、と言い換えてもいいかもしれない。ページをめくる手が少し重くなるのを感じるが、『これも調査のため』という最強の免罪符を掲げて俺はゆっくりと日記を読み進めていった。


『後進のために残しておくと、この魔術のルーツはエルフとドワーフにある。正確には、エルフが作りかけてやめた術式を、ドワーフが魔道具作りの助けとするためにアレンジを加えて完成させたものがこの術式のオリジナルだ。……まあ、私のそれはバロメルの遺跡からたまたま見つけ出した術式をどうにか復元した末に完成した劣化コピーでしかないが』


「遺跡から……」


 今じゃ掘りつくされたといわれる遺跡の宝たちだが、百五十年前には何かしら残されていたのかもしれない。今まで訪れた場所がここにきて絡んでくるのが、偶然とはいえなんだか感慨深かった。


「不思議な縁ってのは、やっぱりあるもんなのかね……」


 そんなことを思いながらもう一ページめくると、そこで日記の雰囲気が変わる。先ほどまで整然と書かれていた文字が、急にわなわなと震えていた。


『人間の身でエルフやドワーフに追いつくことは難しい。それは分かっている。……だが、私はやらなければならない。まだ、たどり着いていないのだから』


 ミミズが這ったような文字、とはこういうことを言うのだろう。かろうじて書かれていることは分かるが、間違いなく気力だけで書かれたような文字。俺は思わず息を呑んで、その先に書かれていることを拝もうと――


「……ヒロト、探索は終わったー?あたしたちはいったんご飯を食べたいんだけどー」


 そんなタイミングで、ちょうどよくネリンの声が聞こえてくる。外を見ると、かなり日は高く昇っていた。……随分と分厚い日記だったから、走り読みしているつもりでもかなり時間を使っていたようだ。


「悪い、今行くー」


 その先を読みたい気持ちはやまやまだが、それはとりあえず後の楽しみにとっておくことにする。俺のワガママでアイツらのご飯を先送りにするのは申し訳ないからな。


 俺は日記をアイテムボックスにしまい込むと、ドアを開けてネリンと合流する。その表情はどことなく誇らしげで、何かを見つけたのであろうことが丸わかりだ。


「さ、行きましょ。この食事は中間報告会も兼ねてるんだから」


「おう。驚きすぎて腰ぬかすんじゃねーぞ?」


 軽い足取りで駆けていくネリンを追って、俺も居間へと向かう。まだまだ分からないところも多いが、謎は確実に解決に向かっている。三時間の探索を終えた俺は、そんな強い手ごたえを感じていた。

少しずつ情報が明らかになっていきますが、屋敷探索はまだまだここからが本番です!もっともっとこの先は盛り上がっていきますので、どうぞお楽しみにしていただければと思います!気に入っていただけたらブックマーク登録、評価など気軽にしていってください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ