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第百四十三話『朝、のんびりと』

 夢も見ない熟睡をした時には、逆に寝た実感が起きてこないものだ。差し込んでくる朝日に起こされた俺も、そんな不思議な感覚を覚えながらゆっくりと体を起こしていた。


「ん、もう朝か……」


 実感は全くと言っていいほどにないが、心なしか体は軽くなっている。ぐいーっと伸びをすると、それだけでもう意識は鮮明になっていた。


 もぞもぞとベッドからはい出し、そのままドアを開けて外に出る。特段部屋でやれることもないし、居間に行けば誰かしらが先に起きているだろう。


「……おはよ。ゆうべはよく眠れた?」


「ああ、もうぐっすりだ」


 その予想通り、居間に足を踏み入れた瞬間にネリンの声が出迎えてくれた。それに軽く答えると、ネリンの正面側にあるソファーに腰かける。体重をかければどこまでも沈んでいってしまいそうなそれは、自室のベッドとはまた違った高級感を醸し出していた。


「それ、何飲んでるんだ?」


 ふとネリンがティーカップを持っていることが気になって、俺は思わず質問する。「これ?」と言いたげにネリンはカップを軽く持ち上げると、


「モーニングティー……っていうのも、すこしカッコつけすぎな気もするけどね。朝に一杯これを飲むだけですっきりできるって、ママからおすすめされた紅茶なの。飲む?」


「……そうだな、一杯貰っていいか?」


「はいはい、ちょっと待ってて」


 そう言うと、ネリンはキッチンへと歩いていく。しばらくの間、ティーカップにお湯が注がれる音だけが居間に響き渡っていた。


 正直なところ紅茶には少し苦手意識があるのだが、ネリンとそのお母さんがおすすめするものなら大丈夫だろうという不思議な確信が俺にはあった。苦手意識と言っても、ちょっと敷居が高いと俺が勝手に思ってるだけの話だからな。ここで一つ挑戦してみるのもいいだろう。


「……はい、お待たせ」


 三分もしないうちに、ネリンがカップを持って帰って来る。軽快な音を立ててテーブルに置かれたティーカップを、俺は慎重に手に取った。


「熱いから気を付けてね」


「子供じゃあるまいし、火傷はしねえって……」


 そう言いながら、ゆっくりカップに口を付ける。そのままゆっくりと傾けると、紅茶の香りが口の中に流れ込んできた。


「……うまい」


「そう?口にあったならよかった」


 もっと濃い味を想像していたのだが、口に残るのはほんのりとした甘さだった。しつこくなく、それでいてすっきりとした味わいが印象的で、これなら何杯でも飲めてしまいそうだ。


「こんなにするっと飲めるものなんだな……もっと濃い味だとばかり」


「そう言うのがないわけじゃないけどね。カガネの主流はこっちなのよ」


 驚きを隠せない俺を見て、楽しそうにネリンは笑っている。その笑顔は、間違いなく年相応のものだった。


「普段は大人びて見えるもんな……」


「……どうしたのよ、いきなりそんなこと言って」


 思わずつぶやいていたのか、俺のことを見るネリンの視線が怪訝なものに変わっている。人脈が広く、初対面の相手にも臆さず向かっていけるネリンだが、根っこはしっかりと年相応だ。もう少し肩の力を抜いたって罰は当たらないだろうに。


「……いや、こうして二人で腰を落ち着けて話すのはいつ以来かなって」


 俺が思い出せる限りだと、それは初クエスト後の宴会のところまでさかのぼるような気がする。それ以降は立ち話だったり寝起きだったり、あるいは誰かが近くにいたり。意外なことに、二人っきりで会話する機会ならミズネの方が多い気さえしていた。


「確かにかなり前の話になりそうね……。アンタと二人で真面目な話するのもガラじゃないし」


「それは一理あるな」


 一理どころの話ではない。そういう話にはミズネが同席するべきだと思うし、俺らにやらせたら間違いなく衝突する。仲が悪いとか悪くないとか、そう言うところとはまた別の話だ。


「あたしたちはそれでいいでしょ。こうやってたまに二人っきりで話すぐらいがちょうどいいわよ」


「ま、それもそうだな」


 紅茶をすすったネリンに続いて、俺も少し冷めていい感じになってきた紅茶を飲む。口いっぱいにすっきりと広がる甘い香りは、確かに目ざめの一杯として完璧だった。


「ところでネリン、今日の朝飯はどんな予定だ?」


「昨日のスープと焼いた肉と、それに付け合わせでもう一品。ミズネが起きだしてから作るつもりだし、もう少し先の話にはなりそうだけどね」


「そうだな……気長に待つことにするよ」


 全体的に寝起きは悪い傾向にあるうちのパーティだが、その中でもミズネは割と顕著だ。クエスト前には誰よりも早起きする反動なのか、何もない日に一番遅くまで寝ているのは決まってミズネである。


 そんな会話を最後に、俺たちの会話は一時的に途切れる。だけどそれは気まずいからとかじゃなくて、それでいいだろって共通認識がそこにあるからだ。俺は図鑑を取り出し、ネリンは紅茶の二杯目を準備している。お互いがやりたいことをやりたいようにやれる空間というのは、案外貴重で気が楽なものだった。


「……二人とも、おはよう……」


 たまにちょこちょこと言葉を交わしつつ、ミズネを待つこと約三十分。目をこすりながら、居間に寝起きのミズネがゆっくりと入って来る。それを見て、俺たちは笑みを浮かべた。


「すまないな、部屋のレイアウトに手間取ってしまって……」


「別にいいのよ、急ぎの用もないし。さっと朝ごはん準備するから、これでも飲んで待ってて」


「そうだぞミズネ。何もない日なんだし、思いっきり休んでいいんだ」


 寝起きの状況でも律儀に頭を下げるミズネに、俺たちは口々に声をかける。それはどことなく特別感のあるやり取りで、だけどこれからは日常になるやり取りだと、そう思う。


――俺たちの共同生活二日目は、穏やかな雰囲気とともに幕を上げた。

こういう日常描写は前から増やしたかったので達成感がありますね……共同生活も始まってますます深まっていくパーティの絆にも着目しながら、この先の展開をお楽しみいただければと思います!気に入っていただけたらブックマーク登録や評価などしていただけると幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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