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第百四十話『エルフの料理事情』

「……斜め薄切り、知らないの?」


「ああ。……そもそも、名前の付いた切り方というのが少なかった。料理の腕はともかく、切るだけなら里にいるエルフは問題なくできてしまうからな」


 しばらくの沈黙を経てネリンの口からひねり出された質問に、ミズネはさらっと答えて見せる。むしろ切り方に名前がついていることに驚いているかのようなそれは、間違いなく俺たちの知らない世界の話だ。エルフの里ではみんながやりたいように切るから名前をわざわざ付ける必要がないってことが言いたいんだろうが、それにしたって異次元過ぎる。


「……ま、そう言われれば間違ってはないんだけどね……?」


 展開さっれる異次元理論に、流石のネリンもあんぐりと口を開けるばかりだ。しばらく見つめ合ったままで固まっていた二人だが、やがてネリンがため息をついて、


「……ほら、これが斜め薄切りよ」


「おお……手際がいいのだな、ネリン」


 キュウリを一本取り上げ、ささっと斜め薄切りの山を作り上げて見せたネリンにミズネが拍手を送る。横目で見ているだけだった俺にも、その手際に一切の無駄がない事はすぐに分かった。


「ま、長い事料理やってればこれくらいはね。……この先切る食材は先にあたしがお手本作るから、それをまねて切ってくれる?」


「ああ、任せてくれ」


 ミズネは力強く頷いて見せると、キュウリを抱えて空いた調理台の前へと立つ。キュウリをごとごとと台に乗せると、氷の刃がまた閃く。……瞬間で、一週間分をはるかに超えるであろう量のキュウリが斜め薄切りにされた。


「……できたぞ、ネリン」


「……ありがと。それじゃ、使い終わった食器とか、洗っててくれる?」


 褒めて褒めて、と言わんばかりのミズネだが、それに対してオーダーを出すネリンの表情は心なしかひきつっている。……まあ、ネリンからしたらミズネの存在は完全にペースブレイカーだろうからなあ……


「了解した。……そこにある物を洗えばいいか?」


「ええ、軽くさっとでいいわよ。まだまだこの調理の中で使うことはあるし、特に気を付けなくちゃいけない食材を入れてたわけでもないしね」


 ネリンが軽快に応じると、ミズネは食器を抱えて流し場の前へと向かう。まさかそこも魔術だよりなんじゃと俺は少し疑っていたが、どうも普通に洗い始めてくれたようでとりあえず一安心だ。


「……っと、沸騰したぞ」


 ふと視線を鍋に戻すと、その水面からぼこぼこと泡が出ている。ちょっと焦ってそれを報告すると、横の調理台から一つのボウルが滑ってきた。


「この中のやつ入れて煮立たせて。かき混ぜるのを忘れないようにね」


 ネリンの声と同時に、かき混ぜる用だと思われる菜箸が滑って来る。菜箸の中でもさらにデカいくらいのサイズだったが、鍋のことを考えるとそれがジャストサイズだった。


「時間はあたしが合図するから。できるだけ、混ぜるスピードは一定にするよう意識して」


「了解……っと」


 一見するとくるくると箸を回すだけの仕事だが、箸の長さと食材の豊富さによって難易度は想像以上に高い。なんというか、林間学校で体験したカヌーを少しだけ思い出すような感じだ。


「……ネリン。お前の方の作業は進んでるか?」


「まあ、ぼちぼちね。そんなに急がなくても、ミズネのおかげで大分時短はされてるし」


 あんなやり方があるなんて知らなかったけど、とネリンは肩を竦めて見せた。


「人間とエルフの文化はしばらく接点がなかったからな。これくらいの差が出るのはある種仕方ないのかもしれない」


 水の流れる音に交じって、ミズネの声が洗い場から聞こえてくる。さすがに洗い物を短縮する魔法は内容で、皿同士がこすれあうカチャカチャという音も時折混じって聞こえてきていた。


「料理は文化が出るもんだからな……。文化研究者が見たらひっくり返ると思うぞ」


 普段は忘れがちだが、エルフとパーティを組めているというのはそれくらい珍しい事なのだ。……まあ、異世界人の方が学者からすればひっくり返りそうになる存在ではあるのだろうが。


「そうね。パパもこのことは知らないだろうし、また話のタネが増えたわ」


 皮をむき終わったジャガイモをつぶしながら、ネリンは嬉しそうに笑う。少し前にエイスさんの前で掲げた目標が進んでいることに、アイツなりの達成感を感じているようだった。


「ちょっと周りに目を向けるだけで珍しい事ばかりだもんな……。この屋敷のこととか、聞かされなかったら後二ヶ月くらいは知らなかった気がする」


 交通的にはあまり困らないが、この屋敷があるのはかなりの町はずれだ。こんなところに足を運ぶなんて、多分依頼でもなければほとんどない気がする。


「それも噂を加速させてる原因なのかもね――あ、ヒロト。これ入れといてくれる?」


 そんなやり取りをしながらも、ネリンは正確にボウルを滑らせてきた。


「それを入れたらスープはほとんど完成よ。あとはあたしが見るから、居間に戻っててくれていいわ」


「ミズネ、洗い物が終わったぞー」


 俺に指示を出していると、背後からかご一杯の洗い物を抱えたミズネが歩いてくる。声の下法にくるりと振り返り、ネリンは手を合わせると――


「ありがとうね。……あとはどれも仕上げばかりだから、ヒロトと一緒に戻ってていいわ」


 朗らかな声で、ネリンはそう言った。いたって普通のやり取りで、俺に背を向けているから表情も見えない。……だけど、なぜだろう。


――俺の脳裏にいるネリンが、『降参』と言って白旗をぶんぶん振り続けていたのは。

なんだかんだで生活力が一番あるのはネリンなんですよね……。それじゃあミズネはどうやって一人暮らしを成立させていたんだって話ですが、それにはメルジュが深くかかわっていたりします。そのあたりはいずれ番外編として書くかもしれないので、のんびりお待ちいただければと思います!もしよければブックマーク登録、評価など頂けると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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