第百三十八話『異世界料理のすすめ』
「夕ご飯……そう言えば、それまでの時間を埋めようってことで調査を始めたんだっけ」
濃密な調査になりすぎて忘れていたが、そう言えば本格調査に至るつもりは全くなかったんだっけ。一度にいろいろなことが起こりすぎて、そんなことはすっかり記憶の彼方だった。
「そうだな……俺も思い出したら腹が減ったよ」
「それも仕方ない話ね……待ってて、いまささっと作って来るから」
そう言って、ネリンはキッチンに向かって歩き出す。じゃあ俺はのんびり待っていようと、より深く体重をソファーに預けようとしたのだが――
「ああ、少し待ってくれ」
ネリンの背中に声をかけたのは、意外にも空腹を宣言したミズネだった。
「どうしたのよ。何かリクエストがあったら聞くけど、どうする?」
「……ああいや、そういう訳ではないんだ。……皆でキッチンに立つのはどうかと、そう思ってな」
「……へ?」
その提案に、俺はあっけにとられた。なんというか、まさかここで俺にも話が回って来るとは思わなかったからだ。完全に俺はぐだっとする体勢に入っていたので、少し――いやかなり意表を突かれた形だ。
「みんなで……って、料理を協力してするってことだよな?」
「そう言うことになるな。いきなりで悪いが、幼少期からそう言うことに憧れがあってな……」
俺の質問に、頭を掻きながらミズネがそう返す。そういうふうに返されると、俺もその次の言葉が見つからなかった。
「まあ、私は良いけど。料理は苦手だーって、前言ってなかったっけ?」
「……そう、なのだがな。だからこそ、憧れるというものもあるんだ」
「……分かったわ。じゃあ一緒に作りましょ。ヒロトも、いいわよね?」
「そうだな。……俺も、特に料理スキルがあるってわけじゃねえけど」
ネリンも唐突な提案に戸惑っているようだが、特に止める理由も見つからない。クエスト以外では珍しいミズネの自己主張ということもあって、俺たちは三人そろって料理をすることになった。もちろん疲れはあったが、皆で料理とか中学の林間学校以来だからな。ここで俺だけ休んでいるのも筋違いってものだろう。
「そういえば、メニューはどうする?調査の疲れもあるだろうし、栄養豊富なものがいいと思うんだけど」
「そうだな。ストックは豊富にあるし、干し肉を存分に使ってしまおう」
キッチンに向かいながら、二人は朗らかに言葉を交わす。姉妹のようなその二人の一歩後ろから、俺はぼんやりと考えていた。
干し肉をたくさん使った料理……というと、野菜とそれを煮込んでスープあたりにするのが無難だろうか。野菜もたくさん買い込んでいたはずだし、それなら俺たちにも火の番くらいはできるだろう――
「よし、それなら思い切って肉を焼いちゃいましょうか。付け合わせの料理も三人なら作れるだろうしね。ついでにスープも作り置きしちゃいましょ」
「ああ、それがいいな。明日からの英気を養うことにもつながる」
――なんて俺の予想は、二人によってあっけなく覆されることになった。いや、確かにスープは作ることになったのだが。……量、多くね?
「そんなに量を作るとなると、かなり人手が必要になると思うんだが……俺、大して戦力になれねえぞ?」
「大丈夫よ。下準備は多少形が崩れても何とかなるし、仕上げの行程はあたしが面倒みるから」
「つまり、私とヒロトは食材を切ったりすればいいのだな。それくらいなら任せてほしい」
「まあ、それなら俺も何とか力になれそうだな……」
「でしょ?ほら、作業の準備するわよ」
キッチンに到着するや否や、ネリンは保管庫からひょいひょいと必要な食材を取り出していく。キャベツやニンジン、大根のような野菜が脇の棚へと積み上げられ、そのそばに大きな干し肉が音を立てて置かれた。
「……これ全部、調理するのか……」
「作り置きもしておきたいしね。焼き肉はともかく、スープは保存しやすいし」
難なく言って見せるが、その量は一週間分くらいあるように思える。冷蔵庫のような設備があるのは確認していたが、それでも傷む前に食べきれるかというと微妙そうだ。俺は少したじろいでいたのだが、ミズネはそうでもないようだった。
「これから調査続きになるんだ、体力がつく料理を多めに作っておくのに越したことは無いだろう。スープなら時間をかけずに食べることができるしな」
「……ま、それもそうか……」
探索の合間に流し込むなら、スープ以上のいい料理もないだろう。腰を落ち着けて食べるんならその都度付け合わせを作ればいい話だし、ミズネのいうこともごもっともに思えた。
「意見も一致したことだし、さっそく始めましょうか。スープを作るとなれば、時間のかかる作業になるだろうし」
「ああ。……下準備なら任せてくれ」
ネリンの宣言に、ミズネが妙に神妙な顔をして頷く。なんというか、間違いなくキッチンで見せる表情ではない……というか、クエストの時の表情にも似ているような――
「……あの、ミズネ?そんな顔して、いったい何を……?」
「ああ、少し待っていろ。……すぐに終わるさ」
そう言うと、ミズネはふっと目を瞑る。……次の瞬間、ミズネの手の中に氷の剣が出現した。
「「ちょっ⁉」」
その光景に驚いたのは俺だけではない。隣で見つめていたネリンも、驚いたように一歩後ずさっている。わけのわからない魔術の展開ではあったが、それで何をしようとしているのかはなんとなく想像がついた……ついてしまった。
「……ふっ!」
氷の短剣が閃き、まとめて積まれていた食材の間を何度も往復する。目にもとまらぬそれが数秒続き、終わったころには――
「……これくらいで、十分か?」
ちょうどいいサイズで細切れになった食材たちを背にして、ミズネは誇らしげに首をかしげて見せた。
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