第百三十二話『探索開始』
「書斎か……。確かに、何か手掛かりがあるとすればそこだろうな」
「でしょ?貴重な資料とかもあるだろうし、探索してみて損はないと思うの」
ネリンの提案にミズネも賛同の意を示し、俺たちは書斎を目指すことになった。ネリンからすれば屋敷の探検の方が本筋なのだろうが、とりあえず手掛かりを探さなければ始まらないのも事実なわけで。できることがそれしかないという意味でも、ネリンの提案は説得力のあるものだった。
「書斎……というと、あんまり中心にあるイメージじゃないよな」
「そうだな。私室の類に当たるから、配置するならば端の方と考えるのが自然だろう」
図鑑に見取り図は掲載されているのだが、困ったことにどこがどの部屋かという情報は見当たらない。そんなわけで、俺とミズネは大体の場所を推測しようとしていたのだが――
「……それより足で稼がない?」
いち早く屋敷の探検をしたいネリンは少し不満げな様子でこちらを見つめていた。この屋敷に来てからずっと興味津々って感じだもんな……。ここで寸止めされるのはかなり辛いのだろう。
「いや、時間の関係もあるしな。それならあたりを付けて候補をすばやく見て回る方が効率的じゃないか?」
しかしその思いがミズネに伝わることはなく、むしろ不思議そうな顔をして首をかしげている。……これ、ネリンが遠回しすぎるのかミズネが鈍すぎるのかどっちなんだ……?
「……まあ、そうかもしれないけどね……?こうやって時間をつぶしてると、その分探索時間も減っちゃうというか……」
ミズネに対しては強く言いづらいのか、ネリンも口をムニムニさせるばかりだ。俺に対してはあんなにズバズバ言うのにな……そこらへんは同性か異性かの違いってものもあるんだろうか。
「考えてばっかでも仕方ねえし、あたりを付けるのはほどほどにしねえか?動かないことには確認もできないだろ」
「……っ!珍しくいいことを言うじゃない!」
見かねた俺が助け船を出すと、ネリンはぱあっと目を輝かせてぶんぶんと首を縦に振った。……なぜだろう、今のネリンはすごく幼く見える。
「そうか……?二人がそう言うなら、そうするか……」
「それがいいと思うぞ。今日はとりあえず四隅から攻めるとしようぜ」
メモである程度位置は把握しているし、移動するのにもそれほど時間はかからないだろう。いい感じに話がまとまったところで、俺たちは居間を出るために立ち上がった。
「さて……どっちから行く?」
「そうね……こっちはどう?」
エントランスに出るなりネリンが指さしたのは俺たちがいるところの真反対。探検したいのは分かるが、その提案はあまりに短絡的すぎやしないか……?
「とりあえず近いところから行くのがいいだろ。時間もかかんねえしな」
「……ま、そうね」
さすがに自分でもその提案は無理があると察したのか、早々に案を引っ込めたネリンは俺の指示した方を向く。そこは入り口近くの角で、そこには少し豪華な装飾の付いた扉が鎮座していた。
「……書斎にしては、豪華すぎる気がするけど……」
「ま、近場だしいいいだろ。何もなかったらすぐ戻るだけだし」
あれが書斎らしい見た目じゃないのは俺も同感だが、それでも動き出してみないことには始まらないのもまた事実だ。あの豪華な扉で何も手掛かりがないなんてことは無いと思うし、とりあえず行き得な場所なのは間違いない。
「近場から探索するのは定石でもあるしな。ヒロトの案でいくのがいいだろう」
ミズネもそれに賛同したことによって、俺たちの方針は決定した。……と言っても、どこから回るかの違いだけであっていずれ全部屋回ることにはなるんだろうけどな。今は夜前のちょっとした時間ってだけで、奥の部屋が気になる事に変わりはないし。
「それにしても、きらびやかなつくりよね……別邸とは思えないくらい」
「そうだな……単なる居館ではなく、仕事場、あるいは集合場所としての役割も多分に含んでいたんだろう。そうでなければここまで豪華に作る必要がないからな」
「立場的な問題もあるだろうしな……。地域を統べる名士の居館が質素ってのも威厳がねえし」
ネリンの歓声に、ミズネも頷きながらそう分析する。戦国時代なんかでも城は自らのステータスの一部だったらしいし、そう言う観念はきっとこの世界にもあるだろう。そう言う意味では、この屋敷は名士が住むものとしては理想的と言えるのかもしれない。
「それのせいで少し住みにくくなるのはご愛敬、ってやつだろうけど……」
「ま、これくらいならそう辛くもないわね」
のんびり歩くこと二分ほど、俺たちはドアの前にたどり着いていた。家の中を移動するにしては二分は大分長い気もするが、不思議ときつさは感じなかった。この世界に来てから歩き慣れてるってことなんだろうな……
「さ、早く開けましょ。何かしらの手掛かりはあるだろうし」
「そうだな。ここが書斎ならそれが一番いいのだが……」
そう言いながらミズネはドアノブをひねり、未知の部屋に足を踏み入れる。その背中に続いて、俺たちも赤いカーペットに一歩足を踏み込むと――
「……すっげえ」
そこに広がっている光景に、俺は思わず息を呑む。間違いなく書斎ではなかったが、この屋敷がここにおいて重要なものなのは確かだ。
「ここは……応接室、か?」
大きな二つのソファーに、その間に置かれたつやのある長机。客人を迎え入れるために作られた部屋が、新たな住人である俺たちを出迎えていた。
ということで、ついに屋敷の全貌が少しづつ解き明かされていきます!果たしてヒロトたちは手掛かりにたどり着けるのか、この先もお楽しみにしていてください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!