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第百三十話『共同生活の始まり』

「……聞いた通り、中も綺麗だな」


 洋館、という表現が一番しっくりくるだろうか。屋敷の中に踏み込んだ俺たちを出迎えたのは、大きなシャンデリアをはじめとした大小さまざまな装飾に彩られたエントランスだった。


「靴脱ぎ場もねえ……いや、それが普通なんだろうけどな」


 カレスには靴脱ぎという文化があまりないような気もする。さすがに寝るときとかは靴を脱ぐが、そこら辺の価値観は日本とは異なるようだ。そこらへんに二人が違和感を抱いていないのもその証拠だな。


「……少しは寂れてたり、古臭い雰囲気があると思ってたんだけどね……」


「そうだな。細かな装飾の一つ一つに至るまで、手入れを怠っていないのは一目見ればわかる」


 二人はあちこちをペタペタと触りながら、物珍しそうに屋敷の中を眺めている。あんまり装飾品に触れるのも気が引けていたが、そう言えばここは俺たちの仮住まいになるんだった。


「ヒロト、屋敷についての記述って不動産屋で見たあれだけで全部なの?」


「そう、だと思うけどな……。待ってろ、今取り出すから」


 ネリンの声に応えながら、俺は図鑑を取り出す。ぺらぺらとめくって屋敷のページにたどり着くが、やはり古い建物なのが痛いのか記述は数少なかった。それにしたって伝聞の形態で書かれている説明だし、この文もおそらくのちの時代になって書かれたものなのだろう。


「謎は謎のまんまだな……。俺たちで解決するしか手立てはなさそうだ」


「ま、そんな簡単にやらせてくれるわけはないってことよね……」


 残念がったような口調のネリンだが、その声はどこか楽しそうに弾んでいる。そんなネリンに、瑞苑がジト目を向けた。


「……ネリン、ひょっとしなくても不安より興味が勝っていないか?」


「ああ、バレちゃった?そりゃもちろんワクワクしてるわよ、こんなの今まで誰もしたことのない冒険だもの」


 ミズネの指摘に悪びれる様子もなく、ネリンは楽しげに舌を出して見せる。その姿を見て、そう言えば、と俺の中に浮かぶ疑問があった。


「……もしかして、この屋敷に来たことがあったりするのか……?」


「ええ、小さいころにアリシアと一緒にね。やっちゃいけないことだし、あの人の前では言わなかったけど」


 もしかしなくてもあの人とはバゼルさんのことだろう。『カガネで行ったことのない場所はない』なんて豪語するくらいだからもしかしてと思ってはいたが、まさか本当に行ったことがあるとは……。小さいころから行動力の塊であるところは変わらないらしい。


「ま、その時は鍵のせいで外を見まわることしかできなかったけどね。だからこうして中に入れる機会ができたのが本当に嬉しいの」


 そう言いながら、ネリンはエントランスを歩き回っていろんなものに触れている。小さいころの謎が解けるのは何とも言えない感慨がある物だろうからな……。ネリンも素直なところがあるじゃないか。


……なんて、俺が考えていると。


「ふふ、これはアリシアが憤死するレベルの土産話ね……。全部解決した後にまとめて話してやるわ」


 明らかに打算まみれのつぶやきが漏れ聞こえてきて、俺はさっきまでの思考を全部なかったことにする。……やっぱり、ネリンは素直でも何でもなかった。


「それでもなんだかんだ共有はするあたり、仲がいいのは確かなんだろうけどな……」


「ヒロト、何か言った?」


「あいや、なんでもねっす」


 ネリンがすこし訝しげな視線を向けてきていたので、俺は目をそらして屋敷の観察に取り掛かった。


 と言っても、今のところは何の変哲もないただの綺麗な屋敷だ。何もしなくても勝手に清掃をしてくれるならむしろありがたいぐらいなのだが、この屋敷の本題は怪奇現象の方だった。


「それにしたって、とっかかりがないんだからなあ……」


 いかんせん話がふわっとしすぎているのが問題だ。怪奇現象と一口に言っても色々あるし、それに関する証拠を見つけるのも難しい。人命にかかわるような現象が起こっているならすでに取り壊されたりなんなりの処置がされているはずだし、そんなに焦る話でもないとは思うのだが……


――そんな風にぐるぐると思考を巡らせていると、俺の腹の虫がぐうと大きな音を立てた。


「……あ」


「何ヒロト、お腹すいたの?」


「まあ、いい時間であることには間違いないからな。そうなるのも仕方のない話だ」


 突然の出来事にネリンはニヤニヤしながら視線をこちらに向け、ミズネはさわやかに笑いながらそうフォローしてくれる。……正直、かなり恥ずかしかった。


「悪い、水差したな……」


「いやいや、そんなことは無いさ。ここで探索を続けても、近いうちに手詰まりになるのは目に見えていたからな、切り替えのタイミングにはちょうどいい頃合いだろう」


「そうね。一回休憩をはさむのにはあたしも賛成」


 しかしそれがかえって好機となったのか、ミズネの一言で探索はいったん中断の流れに入る。考えてみれば、荷物の整理もしないままでうろうろしてるのもよくないからな。


「……クエストの一環とはいえ、これからここが家になるんだ。少しぐらい、新生活を満喫したってバチは当たらないだろう?」


「そうね。ここが拠点として相応しいようにしなくっちゃ」


「そうだな……。ここからが、俺たちの本番だもんな」


 居間と思わしき場所に続く扉に歩み寄りながら、ミズネはそう言って片目を瞑って見せる。ネリンもそれにノリノリで応じていた。なんだかんだ、俺もこれからの新生活に心が躍っているのは確かだ。これから先に待つことを想像すると、どうしてもワクワクする心を抑えきれなかった。


「――よし、そうと決まれば休憩だ!……思う存分、くつろごうじゃないか!」


「「おー!」」


 ミズネの宣言に、俺とネリンが声をそろえて続く。異世界での共同生活は、にぎやかに幕を開けたのであった。

ということで、屋敷での生活は次回から本格化していきます!これからどんな出来事が待ち受けているのか、そして屋敷の謎は解けるのか!まだまだ盛りだくさんですので、これからも楽しみにしていてください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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