第百二十九話『探索向けの新人パーティ』
「……着きました。ここがその屋敷です」
バゼルさんの頼みから二十分とちょっと。俺たちはバゼルさんに連れられて、この街でおそらく一番古い建物を見上げていた。
「……改めてこう見ると、そう思えないくらいには綺麗なんだな……」
「そうね……予想以上に綺麗でびっくりさせられたわ」
これよりも後に作られたバゼルさんの不動産屋を見ているからなおさら際立つってのもあるのだろうが、それを抜きにしてもこの屋敷の清潔感は尋常じゃない。新築ですって言われても普通に信じられるレベルだ。
「……ここで、不可思議な現象が起きているんだな?」
「ええ。その手の話には珍しく、昼夜を問わず起きるという報告もあります」
ミズネの確認に、バゼルさんがゆっくりと頷いた。
依頼を受けた俺たちだったが、何も二つ返事で引き受けたわけではない。むしろ俺たちは少し及び腰だった。魔物とかならともかく、怪奇現象の謎の部分から解明するのはまた違う努力と時間を必要とするからな。そんなこんなで、辞退しようかという雰囲気が俺たちには流れていたのだが――
「……その謎を解決すれば、私たちにこの物件は譲渡される。その認識でいいのだな?」
そう、この条件を提示されては俺たちに断るという選択肢はないも同然だった。俺たちもそれなりに資金はあるが、一足飛びに家を買えるほどの予算があるわけじゃない。借家暮らしからのスタートを覚悟していた俺たちからしたらまさに渡りに船、努力と報酬が結びつかない話から飛びつかないわけにはいかないクエストへと一気にこの頼み事は姿を変えたのだった。
「どんなにしょうもない原因だったとしても取り消しはさせないからね。……その感じを見るに、覚悟はできてるっぽいけど」
「ええ、もちろんですとも。私としては、この物件の謎がとかれ、誰かの手に渡ったという事実があれば十分すぎるくらいなのですよ」
ネリンの念押しに、バゼルさんは笑顔で頷く。しかしその裏にはしっかりと打算があって、この人もただ人情で動いているという訳じゃないのはしっかりと伝わってきた。
まあ、事故物件と思わしき不動産を所有しているところに交渉に行くのは少し勇気がいるだろうからな……客足が遠のいている原因を排除できるのは確かに大きいのだろう。
「俺たちからしたら拠点がタダで手に入って満足、バゼルさんからしたら不良在庫がさばけて満足。ウィンウィンってやつですね」
「おっしゃる通りです。今私たちがやっているのは、ある意味では商売の理想形ともいえる交渉なのですよ」
俺の確認に、バゼルさんは片眼を瞑ってそう答える。なんとなく予定調和の展開に持っていかれたような気はしてしまうが、結果として俺たちにも得が出ているから何も言えない。俺たちにできるのはこの屋敷を懸命に調査することだけということに相成ったわけだ。
「あたしたち、何かにつけていろんなところを探索してる気がするわね……冒険者らしいといえばそれはそうなんだけど」
「討伐依頼の方は昨日が初めてだったのだからな……。少し変わった滑り出しではあるだろうが、それでも順調なのに変わりはないだろうさ」
「そうだぞネリン。探索の方が俺の図鑑も活躍の機会が多いんだからな」
ネリンの言いたいことももっともなのだが、探索の方がこのパーティに適性が高いのは事実だ。ミズネは継戦力も火力もぴか一だし、俺の図鑑があれば謎を解決する糸口は見えてくる。そして知識も戦闘もある程度のクオリティでこなせるネリンが加われば、よほど危険なダンジョンでもない限り突破できる気がしてしまうから不思議な話だ。
ネリンだけ明確な役割が無いようにも思えてしまうが、ネリンが居なければこのパーティがガタガタになってしまうのは自明の理だ。このパーティ一番の交渉人にして、異次元の人脈の持ち主。正直、この街で最初に知り合った同世代の知り合いがネリンで本当によかったとつくづく思わされる毎日だ。
「ま、それもそうね。そうと決まれば、サクッと謎を解いちゃいましょ」
俺たちの返答は大体予想できていたのか、あっけらかんと言ってネリンはバゼルさんの方に歩み寄った。
「……合鍵、一つ貰える?できれば三本あれば楽なんだけど、そこまでの贅沢は言えないし」
「はい、こちらをどうぞ。お二方分の合鍵は、正式な居住が決まったら制作させていただきますね」
そう言いながらバゼルさんが差し出してきたのは、カードキーのような長方形の薄い板だった。特殊なカギと言ってはいたが、その形式で来るのは中々に予想外だったな……
「ありがと。謎が解けたら、報告しに行けばいいのよね?」
「そうですね。私は基本、あの店にいますので」
最後の確認を終えて、俺たちは屋敷の扉の前に立つ。名士の家にふさわしい豪華な装飾が施された扉に気圧されそうになるが、これがここから俺たちの拠点になるのだ。正確には、まだ仮の話なんだけどな。……それでも、俺たちの気合は十分に高まっていた。
「……それじゃ、始めましょうか。あたしたちの新しいクエストを、ね」
すこしカッコつけた風に言って、ネリンはカードキーを鍵穴と思わしき場所に差し込む。それに対応するかのように、ドア全体が軽く発光すると――
「……おお」
ドア自体が意志を持ったかのように動き、新たな住人である俺たちを歓迎するかのように屋敷が俺たちに開かれたのだった。
ということで、次回からついに屋敷の中に踏み込んでいきます!屋敷に残された謎をヒロトたちは無事に解くことができるのか、ぜひお楽しみに!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!