第百二十四話『次の目標へ』
「……そういえば、そんなのも受け取ってたわね」
ミズネの指の間でひらひらと揺れるそれを見て、ネリンは思い出したように呟いた。
茶飲み話のついでのように渡されていたものだから、それを忘れているのも無理のない話だ。かくいう俺も「そんなものもあったな」という感想なのだから、むしろそれを忘れずに覚えていたミズネが凄いという話なのだろう。
「冒険者として、もらえるものはもらっておくのが大切だからな。せっかく受け取ったご厚意なんだ、しっかり受け取っても損はないだろう?」
「ま、それは確かね。チップにせよお礼の品にせよ、受け取ったほうがもらう方もあげる方も気持ちがいいし」
片目をつむってみせるミズネに、ネリンも同意を示す。たしかに、もらったものを使わないというのもいろいろ角が立つのかもしれないな。
「それじゃあ、とりあえず目指すのは不動産屋ってことか?
「そうだな。何をするにつけ、拠点があるとないとでは大違いだ」
安心感が違う、とベテラン冒険者は語って見せる。バロメルで見たミズネの仮住まいは質素なものだったが、それでも引き払うときに見せたなんとも言えない横顔は俺の印象に深く残っていた。
「ま、帰る場所があるってのは安心感が違うからな。それを確保するってのは大事だろ」
アイテムボックスという無敵の収納があるにせよ、物をしっかりと整理しておいてあげるスペースがあるというのはいい物だ。図鑑は本棚にしまった時の収まりの良さも魅力だからな。
問題はと言えば、カレスにはどうやら図鑑という文化がないらしいということなのだが……
「よし、決まりだな。私たちの次の目標は拠点の確保だ。長くここを拠点とする以上、いい物件であることを願うばかりだな」
「そうね。それなら、まずは不動産屋に向かうことになるわけだけど……」
「こりゃまた、随分奥まった場所にある店なんだな……」
紹介状に書かれていた地図を見て、俺はつぶやいた。
俺の想像していたよりもカガネは広く、まだまだ行ったことがない場所というのももちろんたくさんある。……あるのだが、地図が示していた場所はそんな中でも近寄ったことすらない地点だったのだ。正直なところ、こういう機会でもなければ一生そこに近づくことはなかっただろうと言い切れるくらいには端っこである。
「ま、街中でやる需要がある商売かと言われればそうでもないしね……。定住地を求める冒険者とか商人ならともかく、この街に住む大半の人はここを踏み台にして次のステップに進んでいくのがほとんどだし」
「なるほどな……そりゃ流行らんわけだ」
俺たちからしたらここを拠点とするのが確定だからいいが、ここをはじまりの街として捉えるならここの土地を買う理由はそんなにないのか。そういえば、図鑑によればカガネには宿屋も多いらしかったな……
「ネリンとこの宿屋が流行るのにも、ちゃんと街の背景が絡んでるってわけか」
「当然それだけじゃないけどね。この街の宿屋には無限の需要があるってのはママも言ってたわ」
「始まりの街だからな……。ヒロトたちのような駆け出し冒険者が生まれ続ける限り、顧客がいなくなることもない」
そう考えるといい商売なのかもな……と、ミズネが感心したように結論づける。需要と供給とか言われてもピンと来なかったものだが、こうして見ると割とハッキリした話なんだな……
「ま、そういうことだし仕方ないでしょ。日が暮れるのも良くないし、早いとこそこに向かいましょ」
そう言って、ネリンはスタスタと地図の方向に歩き出していく。そこにも足を運んだことはあるのか淀みのない足取りを、俺とミズネは見失わないように早足で追いかけた。
少し方向性が変わった形ではあるが、きっとこの先はこういう日常が続いていくのだろう。それはとても平穏で、緩やかな一日の幕開けだった。……少なくとも、この時の俺はそうだと確信していた気がする。
ーーこの些細な決断が俺たちを新たな冒険に誘う事になるとは、この時の俺たちは想像もしていなかったのだーー
ということで、次回からはパーティの拠点を巡っての物語が展開されていきます!果たして無事拠点を手にすることができるのか、次回以降もお楽しみにしていただけると嬉しいです!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!




