第百二十三話『恩返しの土台』
「……ここにきた甲斐はあったな。ちゃんと、私たちの答えを伝えられた」
ベレさんに見送られながらギルドを出た直後、ミズネが心底安堵したような声を上げる。少し表情が固かったようにも思えたし、ミズネも緊張していたのだろう。
「そうだな。なにかと気にかけてもらってるし、早めにその成果を見せられて一安心だよ」
カレスに来てから今この瞬間まで、ベレさんにはいろんなものを貰いっぱなしだ。いつかこの恩返しはしたいし、できるような冒険者になりたかった。
自分が何かをもらうことに対しては不慣れなのか、俺たちがお礼をしようとしてもベレさんは何かにつけて断ってしまうのだ。それはそれでベレさんらしいとは思うが、もどかしいのもまた事実なわけで。
「……ま、恩返しは冒険の中でってことでしょ。いつかあたしたちが強くなって、あの人が追い込まれた時に助けに入れればそれが一番よ」
そんな俺とは対照的に特に思い詰める様子もなく、あっけらかんとネリンはそう言い放つ。ベレさんが追い込まれる様子が想像できないのが問題だが、その意見は案外的を得ているように思えた。
「そうだな。駆け出しの頃の恩義は実績で返すのが礼儀だし、それが一番喜ばれるからな。私たちも、もっと成長しなくてはなるまい」
「……それじゃあ、もっと頼れる冒険者パーティにならなくちゃだな」
何かを懐かしむような表情とともにミズネが賛同し、二人がそう思うなら、と俺もその流れに賛同する。そういう慣習については、二人の方が詳しいのは明らかだった。
今となってはベテラン冒険者なミズネだが、それでも駆け出しだった時期はあるわけで。俺たちに語りかけるその顔は、今は遠い記憶であろう師匠のことを思い出しているようにも見えた。その記憶が俺たちへのアドバイスとなっているなら、師匠もミズネに教えた甲斐があるというものだろう。
それに、何か贈り物をしようとは言っても何を贈ればいいかわからなかったのも事実だしな。そういう意味でも、冒険者流の恩返しは今の俺たちにピッタリのように見えた。
「それじゃあ、まだまだ止まってられないわね。駆け出しとは言われないくらいの実績を積み重ねなきゃ、恩返しなんて夢のまた夢なわけだし」
「その通りだな。何か期限が迫っているわけでもないが、冒険者としての成長は早いほうがいい。お前たちはまだまだ経験を積むべき立場だしな」
早速次のクエストを探そうと意気込むネリンに、ミズネが目を細める。昨夜あんな大立ち回りをしたってのに元気なもんだよ……俺は一夜明けた今でもヘットヘトだ。
あの時は夢中で魔法を使ったわけだが、今にして思えばとんでもないことだったと思う。火事場のばか力ってやつなのか、はたまた俺の秘めたる才能なのか。……あの神様のことだから、後者のようなサプライズはあり得ない話だろう。あの夜を基準に考えるのは、中々危険なことに思えた。
「結局は地道にやるしかないってことだな。一歩一歩、実績を積み上げていくか」
パーティとしても一人の冒険者としても、俺はまだまだ足りないところだらけだ。それの埋め合わせがすぐに出来るわけはないし、しようとして無理をするのは本末転倒だ。焦らず、一歩ずつでいい。図鑑だってそうやって情報量を増やしてきたのだから。
「それしかないわね。パパたちだって、そうやって有名になっていったわけだし。積み上げ無しで名をあげられるパーティなんてごく少数よ」
だからあたしたちもそうするの、と締めくくって、ネリンはギルドのカウンターがある方へと回り込もうとする。今にも次のクエストを選び出そうとしているような、そんな様子に見えたがーー
「……ネリン、少し待ってくれ」
その後ろ姿を呼び止めたのは、意外なことにミズネだった。
「どうしたの?何か不都合なことでもあった?」
「いや、不都合なことはないさ。ネリンの言っていることは私からしても正しいし、そこに異論を唱える気はさらさらないさ。だがーー」
「だが……?」
思わせぶりに言葉を切って、ミズネはアイテムボックスから何かを取り出そうと見えない空間をガサゴソと探っている。あれやこれやと探すことしばらくして、ミズネが俺たちの前に示して見せたのはーー
「……地道に積み上げるためには、まずしっかりとした土台が必要だとは思わないか?」
ーー少し前にバルレさんから受け取っていた、とある不動産屋さんへの紹介状だった。
ということで、次回以降もヒロトたちがカガネの街を奔走します!ミズネが提案した土台作りに何が待っているのか、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!
そんな新展開を迎えようという中、通算四万PVを突破できたことが本当に嬉しいです!これからも突き進んでいきますのでどうぞよろしくお願いします!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!